楼蘭族の憂鬱ー3
「砂漠にいるサラマンダーを纏めてキータイの境界におびき寄せましょう。キータイに敷かれている結界は地下までは及んでいないはずです」
「おびき寄せるって簡単に言うが、そんなことできるのか」
「できなかったら、こんな事わざわざ言いに来ませんし、あなた方も砂漠で似たような事をやっていたじゃありませんか」
真面目な顔で男はあっさり言う。
「じゃあ聞くが、俺らが国盗りをしている最中に、おまえの腹黒い主人は一体何をしようって魂胆なんだ?」
まったくの親切心だなんてとてもじゃないが思えない。こいつは裏に何かあるはずだ。目の前の男を一睨みしてやると、相手はふっと口角をわずかに上げた。
「やっぱりな」
まったく魔導師ときたらろくでもない。ザックらのためにとか表面では優しげな事を言いながら影で何やら企んでるに違いない。
「主はハオタイには興味がありません。『何か』を仕掛けるのはここでは無いのでご安心ください」
男は今度は明らかに笑顔を浮かべてザックに手を差し出した。だが、その手をザックは見ない振りをする。握手など西側の国の風習だ。いや、それを知ってる時点で、応えればいいのかもしれない。だが、したくないものはやっぱりしたくない。
――こいつ、腹の中では何を思ってるんだ。
笑っているのにちらりとも親近感が湧かない。なんでそう思うのかが少し見えてくる。男の笑顔に情の欠片も無いのが透けてみえるからだとザックは気付く。こいつは主人以外に興味などまるっきり無いらしい。
人がどうなろうと関係ない、自分の主人以外はどうでもいい。そう思っているのが見えてしまうと信用なんてできない。
ガキの姿のくせして、やけに老成した印象だったクロードを思い出す。こんな大人に囲まれていたのならあんな可愛げの無いやつに成長するのも分る気がする。
自分に預けたらもっと立派な大人にしてやるのに。 結局あいつは俺たちに稼ぐ道を、キータイに認めさせる道具を与えてくれたのだ。
そっけない態度の裏に見える優しさと大局を見る器は持って生まれた物だろう。クロードのことを結構気に入っていたんだとザックは気づく。
「そのばかげた提案をあんたの主人は知っているのか」
「ええ、それが?」
あっさり肯定されてザックはがっくりと目の前の男を見た。自分の一言で仲間の運命が変わってしまう。そんな重圧を背負わされるには自分は非力だ。
実は恐ろしくて一歩も前に進みたくないと思っている矮小な自分。それなのにそれを投げ打って逃げる根性も無い。
だけど、クロードはそんな俺をまた崖っぷちに立たせる。
「畜生っ、魔導師なんか助けるんじゃなかったぜ」
どんっと机を叩くと、それは術で出したくせにやけに硬くて拳が痺れた。まがいものだろうが、勢いだけだろうが自分が信じることで『それ』は実体化する、そういうことか。
「てめえはこれっぽっちも信じられないが、てめえの主人には恩もある。幻の民族がキータイを乗っ取るっていうのもばかばかしくていいかもな」
「それは我々の申し出を受けると捉えてよろしいのですね」
「そーだよ、しつこいぞ、おまえ」
自分が決めたことなのに、ザックは苛々して当たり散らすが、男は平然としていた。
「では、さっそくサラマンダーを誘いだしに行って参ります。晩には戻りますので、決起の間合いはまた謀ってからということで」
話を淡々と済ますと、男は一羽の隼に姿を変えて空に消え、途端にザックの耳に聞き慣れた仲間の声がわいわいと聞えてきた。
奴の結界が無くなった――そういうことらしい。やっぱり気味悪いぜ、魔導師って奴はとザックはぶつくさと一人ごちた。
「族長、さっきからどこに行ってらしたんで?」
「え?」
三十初めの陽に焼けた顔を心配そうに向けて族長補佐を任せているグルバが話しかけてきた。大柄で陽に焼けた気の良さそうな男だ。人は良いんだよ、人はとザックは回りをぐるっと見まわす。
だが、それだけじゃだめだ。
「いや、ちょっとな。それより、隊の長を全員集めてくれないか。大事な話しがある」
「大事な話?」
頭を傾げながら、グルバがログ―をくるりと返して走り去った。それを目で追いながら、今から自分が仲間に告げるばかばかしい提案を思って冷や汗をかく。反対されるのではおそらくない。きっと皆が諸手を上げて喜ぶ姿が目に浮かぶ。
自分らが、大国の主になると大喜びするだろう。まったくもって純朴すぎる。今まで政治の駆け引きも権力の行使にもまったく縁が無かったために楼蘭族は民族としての知力は子ども並みだ。
これが個人の利益になると、狡すっからいくらいに計算高くなるくせにとザックはため息をつく。
俺だって気楽に暮らせていたのにとまた考えが後ろ向きになりそうで、ザックは急いで頭を振った。どれだけの事ができるかわからないが、俺は仲間を失わない。
こうなりゃ、本気でキータイを奪ってやると拳をにぎった。