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楼蘭族の憂鬱ー1

「キータイってえのはやっぱりでかい都なんだろうなあ」

「そりゃ、ハオタイの首都なんだからよぉ、旨いもんもたんとあるぜ」

「ハオ族の女も抱けるのかな」

 過酷な砂漠を過ぎて、気候の穏やかな地域に入った楼蘭族の一行は、途端に気が緩んでしまったように姦しい。まあ、今まで大人しかったのが奇跡というもんだろう。ザックはログ―の背に揺られながら苦笑いを浮かべた。

 しかし、困難なのはこれからなのだとザックは思う。気象が厳しいのは織り込み済みで、俺達にはその方が馴染みがある。そうじゃなくて。

 自分たちが向かうのは、この広大な国の本陣と言える場所だ。そこに住む皇帝を頭に海千山千のやつらと渡り合おうのだから。自治を求めて表敬訪問する――対等に見えて実は飛んで火に入る虫けらと奴らは思っているかもしれない。

 交渉術、そんな高度な腹の探り合いなど経験したことが無い者ばかりの集団。良く言えば純朴で、反対側からみれば世間知らずの田舎者。

 それが俺らだと口に出せば横にいた副官の男が問うように首を傾げた。

「何でもない」

 否定の言葉を口にして、何でもないことは無いよなとザックはひとりごちる。

その困難さに気づいているのが、ザックだけと言う甚だ心もとない集団があともう少しで大陸屈指の大国の首都『青い都キータイ』に乗り込もうとしていた。

 その数九百五十、背中に反りの入っている剣を背負った色の浅黒い大男たちの集団は、街道を行くそこかしこで注目を浴びていた。おまけに彼らが乗っているのはキータイでは見かけもしない大きく太い足を持った鳥だ。目立たないわけが無い。

 キータイの手前、ダイアンという街の宿、そこが今日の宿で、明日はとうとうキータイに入る。

 ――ここまで来て心底帰りたいと思っている俺は、相当な臆病者だ。だが、自分たちの将来を考えるといつかは行動しないといけない。それが何で俺なのか?

 そこが割り切れないと言えばそうだ。それもこれもあのガキのせいだったとザックは零す。俺は、普通の砂漠の案内人だったはず。それが、あの小生意気なガキの入れ知恵のせいで功績を立ててしまい、あれよあれよと言う間に楼蘭族を束ねる族長扱いになってしまった。

 楼蘭族は今まで固まって政治的集団を作ったことは無い。勿論、数人から十数名ほどの人数が集まって行動することはある。だが、それは利害の絡む場合上の事であり、請け負った仕事が終われば、また散り散りになっていく。そのため長い歴史の中で楼蘭族の名が出てくることはまれであり、その正確な人数さえも把握されていない。

 豊かにはなれないが、背負うべき責任も無い――それが変わる。正確な人数も所在も分らなかったゆえに支配者からの干渉も受けなかった。

 それが、高額の通行税を受け取って分配し、政治的集団となった途端にその土地と人民を領有し、権力を行使する立場の人間が必要になっていく。好むと好まざるを別にして。

 そして集団は他の集団との抗争に入る。

 ――昔は良かった。そんなことを皆の前で言うわけにはいかないが。

「くそっ、前は暢気で良かったぜ」

 ザックの口からまたしても独り言が漏れる。自分だけなら野垂れ死にしたって好きに暮らしていればいい。だが、先細っていく暮らしを黙っていられないと思ってしまったからには仕方ないのか。

 キータイからは、皇女の一人をザックに賜ると使者をたててきた。つまり、それで鉾を納めよということらしい。ザックらはその花嫁への顔見せと帝への挨拶のために出向いている。

 ――俺はその皇女を欲しいのか?

 女に興味無いなどというつもりは毛頭無い。興味はあるし、いい思いもしたい。だがそれは体の欲を解消したい、そう思っているだけのことで。皇女なんて手間のかかるもん、ザックからしたら欲しいわけがない。

「んなもん、要るかっ」

 そう言えればどれほどすっきりするか。ザックは考えれば考えるほど鬱々としてくるのを無理やり頭から追い出した。

「隊を止めろ。街の外れで野営する。明日からは何があるか分らない。皆に充分に休息を取るように言ってくれ」

「隊列、止まれっ」

 旗を持った男が集団の周りをログ―に乗って大きな声で駆けていくのをザックはため息交じりに眺めていた。

 ――羊を追う犬みてえ。

 そんなことを思うなんて俺はバカかとザックは思った。統制の取れてない隊を憂いこそすれ、面白がってどうする。まだまだ自分たちは、隊列などと言えないほど稚拙な集団なのだ。

 だが、変わって行く。いや変えていくのだ。

 その考え事をしていたザックの目の前を黒いものが横切る。それは小さく一陣の風かと錯覚しそうなほどのもの。

「お話があります」

 どこからの声か確かめるように頭を巡らすが、その声の主はいない。ザックは嫌な予感を感じて自分の肩に目を移した。そこには一匹の蝶がひらひらと羽を広げていた。しかし、これがただの虫だと思うほどザックも純じゃない。

「おまえ、何もんだ。魔導師ってやつか」

 呟く声に蝶は反応したかのように羽を上下させた。

「クロードさまの配下でございます。この度の婚儀の件について主人からザックさまにお伝えしたいことがあります」

「婚儀?」

 ザックが嫌そうに肩を動かす。皇女との結婚だと浮かれているのは、俺の仲間だけだろう。一体本当に皇女なのかも怪しいと言おうとしたザックの肩で蝶は長い触角を足でつるりと撫でた。

「差しだされた皇女は偽物ですよ、ザックさま」

「ちぇっ、んな事はこっちでもお見通しなんだぜ。だからクロードはなんだって言うんだよ」

「主は、兵を上げることをお望みです」

「はあ?」

 ザックの大声に周りの男たちが飲んでいた水を噴き出した。


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