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動くー3

 主人は、クロードはどこに向かおうとしているのか。

「命を、大事にして頂きたいとお願いしてよろしいですか」

「……失うことをためらって、もっと失うことになるかもしれない。そんなのは嫌だ」

 魔獣に凭れかかったままクロードは目を開けてラドビアスを見ていた。

「他人の命など関係無く、わたしは主のことを言っているのです。あなたのことです」

 ラドビアスの言葉にクロードは声を上げて笑った。

「あはははは、おまえってやつは。おれはなかなかしぶといよ。おまえだって知っているだろう? だけど、おれが死んだって悲しむやつなんていない」

「いえ、ここに」

「そうだな、でもおれが死ぬときはおまえら全部道連れなんだから、やっぱり悲しむ人はいないんだよ」

 だよなとクロードが顔を上げるとラドビアスはやっと頷いた。

「そういうことなら依存ありません」

 彼にとって、生から死への境は案外低い。彼が危惧しているのは主人の死後、自分が生き延びていることへの恐れ、それ以外に無い。

 主人以外の人間の生き死になど、実を言えばどうでもいい。自分も連れていくというのなら、自分の死は歓迎できる――そう思った。

 あまりにも長く生き過ぎて、生を実感することも無くなっていた。人を人たらんとしているものは、生への執着、あるいは死への恐れなのだろう。どっちにも関心の無い自分はすでに人では無い。普通、人は五百年以上も生きてはいない。

 自分はバサラに龍印を刻印された時にすでに人では無くなっている。その寿命を超えた後の亡霊のように現世に彷徨う自分を断ち切ってくれるというなら、やはりわたしはこの主人とともに行かなくてはならない。

 そう思いながらもクロードを死なせたくない一心で自分は主人を裏切るのだ。主人の心に沿いたい自分と己の気持ちを優先したい自分と。

 最後にはどうするのか、自分は腹を括らねばならないとラドビアスは魔獣に凭れている主人を見つめた。

「用意ができたわ、半分は」

 ランケイがお手上げとばかり隣の部屋から出て来た。

「半分って?」

 コウユウはすぐに着替えたけど、お姫様は古着なんて汚れた物に手を通すなんて一生の恥だそうよ」

 ランケイの言葉に目を開けたクロードとラドビアスは顔を見合わせた。

「死んでしまったら恥もかけないだろうに。しょうがない、アウントゥエン、サウンティトゥーダ、おいで。お姫様を説得しよう」

「言うことをきかない女を食っていいか? クロード」

 サウンティトゥーダが勢いよく起きてクロードの顔を窺う。その横にいた赤い魔獣も猫のように背中を伸ばすと起き上がり、二頭の魔獣は期待に満ちた顔でクロードの言葉を待っていた。

「食べちゃだめ」

 クロードの返事に、黒い魔獣は尻尾を彼にしては控えめに上下することで不満を訴えるが、テーブルの足が折れて吹っ飛び、赤い魔獣の吐いたため息に含まれていた火の子はカーテンを燃やした。片眉を上げたラドビアスが即座に術をかけて消火する。

「止めなさい、行儀の悪い獣ですね」

 ラドビアスに向けて二頭の魔獣がいっせいに不満の声を上げようとするが、すかさずクロードが二頭に手をを向けてそれを阻止する。

「後で暴れさせてやるから今は我慢しろ」

 それでも尚、グルルと喉を鳴らすが「煩いですよ」ラドビアスは仏頂面でぴしゃりと言った。

「わたしが話をしましょうか?」

「いや、いい。こういうの、嫌いじゃないしね」

 悪戯っぽく笑う主人にラドビアスが「そうでした」と今度はあきれ顔で応じる。トントンと扉を叩いてクロードが隣の部屋に入って行った。

「ランカ姫、なんだか御不興を買われるようなことがありましたか」

「おまえ、あの不躾な娘をどうにかなさい。煩いし、目上の者に対する言葉づかいもできないなんて。主人として失格ね」

「ランケイはわたしの使用人じゃないもので。ですが、姫。その大仰な成りじゃ自分がお尋ね者だと触れまわるようなものですよ。お気持ちは察し致しますが、何とぞこちらで用意差し上げたお召し物に着替えくださいますようお願いします」

「嫌よ、コウユウこの者を追い出して」

「姫」

「ま、こんな言葉で言うことを聞くなんて思って無かったけどね。あんたらを南に連れて行く俺の眷属を紹介するよ、その上でまだ我まま言うなら要相談だ」

 クロードはランカ姫の反応に不敵な笑みを返した。

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ入っておいで」

 聞きなれない西側の名前にどんな大男が入ってくるかと思っていた二人の前に現れたのは思ってもみないものだった。

「こ、これは?」

 コウユウがしがみつくランカ姫を庇いながらクロードを見る。こんな動物は見たことが無い。西側にはこんな変わった生きものがいるのか。深い暗褐色の狼の背には大きく実用的な羽が備わっている。その横にいる黒い生きものはもうすでに空想上の生き物としか知らない。

「おれの可愛い眷属だと言ったろ。こっちの赤いのがアウントゥエン、黒いのがサウンティトゥーダ。おまえたちが一緒に行くのはこっちのサウンティトゥーダだよ」

「おまえたちは我々を騙していたのか? こんな獣を一頭付けてどうするというのか」

 しかしコウユウはそれ以上何も言えなかった。どうなったかも分らないうちに一瞬で床に抑え込まれていた。顔にかかる獣臭い息を吸わないように顔を必死で背けるしかない。

「ただの獣だとバカにしているのか、人間」

「しゃ……べれる……のか、この獣は」

 サウンティトゥーダがクロードの方に向いた。

「やっぱり食べていいか」

「そうだな、おれたちを下にみてるらしいからな。おれの眷属はそこらの動物なんかとはわけが違う。そしてあんたらはおれたちより立場は下なんだよ。そこをはき違えないほうがいいよ、コウユウ。アウントゥエンやれ」

 クロードの声の後に飛び出した赤い魔獣が寝台に飛び上がり今度は姫を押し倒す。寝台にあった天蓋を支える柱は蝋燭のように折れて飛んだ。

「甘やかすのはもう終わりだ、女」

 クロードがそう言って魔獣の足に触れる。

「ちょっと味見をしてみるか、アウントゥエン」

 ひっと息を飲む声がする。そこに長い舌が伸びてランカ姫は気を失った。

「止めろ、姫に指一本でも触れると許さないぞ」

 コウユウが叫びながら魔獣から逃れようとするが抑えられている体はびくりとも動かない。


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