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裏切りとその裏

「お久しぶりでございます、バサラさま」

 入口に見えたしもべの姿にバサラは笑みを浮かべた。

「そんな端にいないで入っておいで」

「わたしがここにお願いに上がったのは……」

「クロードの命だろ、そんなことは分ってるさ。わたしが関心あるのは教典なんだから。それを取りだしたら彼はおまえに進呈するよ、サンテラ」

 優雅に手を振るバサラにラドビアスは頷いて彼の元に歩み寄る。

「では、ビカラさまにはご内密にして頂けるのですか」

「そうだな、兄上を出し抜いて教典を奪っちゃうっていうのは面白い」

 にやりと笑うバサラは裏に何かある。そうは思うが今はバサラに縋るしかない。教皇であるビカラがクロードの命を助けるなどあるわけもない。

 魔教典はベオーク自治国の宝重であり、ビカラ所有の教典だったのだ。末の弟であるカルラによって五百年前盗み出され、その後、長い間西の辺境の島国で強力な結界を敷くために使われていた。ベオーク自治国の魔導師たちにしても、その魔力ゆえになかなか手出しができなかったのだ。

 それが今、目と鼻の先にある。

「クロードさまはわたしがここに連れて参ります。お約束いただけますか。どうか……」

「くどいよ、あんまりひつこいのは嫌いだな。インダラ、来い」

 その声にどこにいたのか、一羽の烏がバサラの肩にふわりと止まった。

「お呼びですか」

「インダラ、わたしの肩を止まり木代わりにするとは。まったくおまえは不遜なやつだ。サンテラの用は済んだ。後の事はおまえに任す。だけどわざわざ変化して連れてくるなんておまえも酔狂だね」

 主人の指を軽く突いてみせて烏は、またもふわりと飛び上がるとバサラの前に立つラドビアスの横に舞い降りて姿を変えた。

「そりゃ、酔狂なことが大好きな主人に仕えているんですからね。酔狂にもなりますよ。では、今度は龍にでも変わりますか?」

 長い黒髪を一振りしてインダラが膝をつくと、バサラが「めんどくさい」と印を組んだ。

「龍道を行け、龍に変えるのはサンテラがクロードをここに連れ帰った時でいい」

 インダラからラドビアスに視線を向けてバサラは唇の端を引き上げる。

「クロードの命を助けたら、おまえはわたしが龍に変えて死ぬまで飼殺してやるよ、サンテラ」

 自分の言葉に黙っているしもべにバサラが眉を顰めて、頭を垂れているラドビアスの髪を掴んで顔を上げさせた。

「それでいいの? 主人の言葉にしらんふりはないだろ、サンテラ」

「……クロードさまのお命を助けて頂けるなら、わたしなどバサラさまのお好きになさってください」

 はあ、と大きい溜息が漏れた。

「今の聞いたか、インダラ。サンテラって本当に面白みの無い男だよな。ここでクロードを裏切っちゃうとか、自分の身の保身とか、もうちょっとあがくと面白いのにさ」

「裏切るって言えば、もう五百年も昔にサンテラはバサラさまを裏切ってますよ、お忘れみたいですけど」

 インダラは思い出させるようにバサラにそう言うと、さっさと印を組んだ。

「う~ん、それじゃあわたしが一番みっともないじゃないか。そこは思い出さなくていいんだよ、インダラ。おまえはいつも一言多いんだから」

 不貞腐れたように唇を尖らす主人にインダラは取り合わない。

「わたしがいなかったら、バサラさまは暴走してしまいますからね。では、サンテラを送って参ります」

 ついて来いとぽっかりと空いた暗闇にインダラは消え、ラドビアスは最後にもう一度バサラに頭を下げると続いて闇に消えた。

 いきなり現れた闇は、現れた時と同じように一瞬で跡かたも無く消え失せる。

 だが、それも日常のことなのか、気にすることも無く、バサラは寝台に座りなおした。

「クロードか。あの子は使い道があるよな。それ用に手に入れたハオ族の子どもなんかよりよっぽどわたしの好みに合う。あの銀の髪と藍の瞳は綺麗だし。姉さまと兄さまの子どもなんてきっと化け物に違いないからな。教典を使って子どもの魂をまるごとクロードに転生させてやる」

 くくくと笑いながらバサラは龍道の消えた辺りに目を向ける。

「そのために教典はわたしが頂く。そして女にしたクロードを同族にしてわたしのものにしてしまおう。カルラのときは失敗したが今度は目を離したりしないようにしなくてはね。それにしてもクロードがごつい大人になる前に成長が止まっていて良かった。あれなら充分に女性化できる」

 誰もいない寝室に笑い声がしばらく続いた。

「サンテラの大事なものを奪うって何て楽しいんだろうね。あいつは絶対許しはしない。わたしからカルラを奪ったんだから」

 楽しそうな声の調子とは裏腹に、バサラは側にあった硝子の杯を床に叩きつけた。欠片になった一つ一つに、険しい顔の自分の姿が写っているのに気付いてバサラは鼻を鳴らした。

 血族としか、子孫を残せない。今やその縛りは自分たちを破滅へと追い立てている。今や自分の血族の中の女性はハイラしかいない。そのハイラときたら、中世の剣闘士も驚くほどのごつい女なのだ。食指が全く動かないのも無理はないだろう。

 そのハイラと今回数百年ぶりに子どもを作ることに成功したのが、兄のメキラである。バサラの兄弟の中でも一番容貌に特徴があると言っていい。何もかもが、三つづつあるのだから。

 その二人の子どもがじきに産まれる。

 そんなことがあっていいはずが無い。全てにおいて血族の中で優れている自分が次世代の血を残さなくてはならないはずだ。

 ――だからこそ。

「クロードを使って、わたしの子どもを作ってやる。じゃまはさせないからな、サンテラ」

 それこそが彼の生きる目的なのだ。自分の血を残す、自分の血がこの世界を支配するのだ。その目論見が五百年前に一人の男にじゃまされていた。

「思ったより私は執念深いよ、サンテラ」

 呟いたバサラの口の端にはしかし、笑みが浮かんでいた。

 

 


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