厄介事ー4
宿屋に着くとラドビアスは流暢に藩語を操り、二つの部屋を確保した。
「寝るときは、ランケイと姫はそちらの部屋でお休みください」
「わらわがこの者と相部屋になるのか」
不満を口にするランカに構わず、ラドビアスが部屋の戸を開けた。
「では、それまではご自分の従者と隣のお部屋へどうぞ」
「ランカさま、少しお休みを」
ふんと鼻を鳴らして部屋を出たランカに続いてコウユウも部屋を出た。
「やな感じだわ、あのお姫様」
ランケイが遠慮なく戸が閉まった途端に大きな声を出す。
「あんなじゃじゃ馬を嫁に貰うなんてザックも大変だなぁ」
クロードは、戸を眺めながら少し前に一緒にいた男に思いを馳せる。
「やっぱりクロードはあの姫がその楼蘭族の族長のところに行くのがいいと思っているの?」
ランケイが複雑な顔で聞いてくる。あんな性格の悪い娘は気に食わないが、意に染まない結婚をさせられると聞けば可哀そうだと思うのも自分の気持ちだ。
「それがやっぱり一番いいと思うよ。どうせ、ここで逃れたとしたって捕まって牢に繋がれるか、下官にでも払い下げられるのが落ちさ」
そう容易く追手を出し抜くことはできはしない。短期間ならともかく、このままどこかに身を潜める場所などありはしない。
「皇女として生まれて自由恋愛なんて考えても仕方ないだろ。身分が高いということはそれだけ自分の身の値打ちがあるということだ。婚姻は血を流さないで物事を納めることのできる上手い手だというのが定石だろ」
食うための職を探し、寝るための家を見つける。そのどこかできっと捕まる。コウユウの縁者や知り合い全てに追手の目が光っていると思っていい。
コウユウはハオタイ皇国の皇女を連れて逃げている大罪人なのだ。国の威信をかけて捕まえようとしているはずだ。
「逃げられないのかしら。きっとコウユウは姫のこと好きなのよ。だいたいクロードって誰かを好きなったことあるの? 酷い言い方だわ」
「放っといてくれよ。それに彼女は下町には染まれない。いつまで経ってもお姫様気どりは治らないと思う。ある程度はそれを寛容できる男に嫁いだほうがいいと思うけど」
身分の高い女は金と手間がかかるものだとクロードは思ったが口にはしなかった。どう考えてもランケイが憤慨するのは目に見えている。
女の子ってやつはどこまでも愛ですべてが解決するなんてことを思っているのだから手に負えない。
それとも何か手があるのか? ランケイと皇女が似ているということが使えるのなら面白いことになるかもしれない。
「ともかくおれはさっさとベオーク自治国に行きたいんだ」
「それはご自分がせっせと邪魔しているんですよ、クロードさま」
我が意を得たりとラドビアスが口を出す。
言い返したかったがまさにラドビアスの言うことは真実だったので、クロードは苦虫を噛んだような表情で黙りこんだ。
「これからどうなさいます?」
窓の桟に腰掛けて外を眺めているクロードにラドビアスが話かける。
「皇帝の側にいるのがベオーク皇国のビカラのしもべだと言ってたよな」
顔は外に向けたままクロードが問う。
「はい、そうですが」
「おまえは会ったことがある?」
「あります。もう五百年は昔のことですが」
ラドビアスが卓に置いてある茶器でお茶を入れていく。西側のお茶とは違う澄んだ爽やかな香りがあたりに漂った。
「お茶が入りましたよ、クロードさま」
「うん」ぴょんと足をついて席につくとクロードは茶器を掌で持つと、ラドビアスに目を向けた。
「おれも見てみたい気がする。それに宮中のどこからか、ベオークに抜ける道がある。そうだろ? きっとそこには龍の道が開けているんだ」
「良くおわかりに」
「だったら俺がしたこともそうバカなことでは無かった。おれたちは結構いい土産物を持っているのだから」
「なるほど」
ラドビアスが頷いて部屋の右に視線を向ける。その壁の向こう側には確かに血眼になっているものがある。
「信じられない、あんたって本当に人間なの?」
クロードとラドビアスの話の行く先を知ってランケイが呟いた。
「ベオークに行ける手立てがあるのに、それをみすみす逃すのか、ランケイ。君こそそんな事言うとは思わなかったよ。いいんじゃない? 博愛主義も」
「そんなこと言ってないわよ」
自分だって弟を助けたい気持ちは本当だ。なんでもやると思った思いに嘘なんてない。
「このまま捕まれば、姫はともかくコウユウは死罪、または宮刑。家族や親せきまでが巻き込まれる。それならここで上手く立ちまわってやればコウユウを助けられる」
クロードはあの若い官吏の身を案じていたのかとランケイは気付く。巻き込まれたのは彼も一緒なのだ。