傀儡の国
だんだんと砂漠を東に向かうたびに目に入る顔ぶれはハオ族がほとんどになり、装束も上着を左右に打ち合わせてボタンでは無く腰に巻いた平帯で留める形式になる。袖は太い筒状で、膝上まである上着の下には細いズボンを男女ともに履いていた。
建物も西側とはまったく違っていた。赤く塗った太い柱は土壁で囲われ、窓には格子状に板が組んで中に硝子がはまっている。
そう、西側では裕福な豪商か、貴族の家にしか無い硝子がどの家の窓すべてにある。そこからもキータイが豊かなのが見て取れる。それは千年の永きに亘って続いているハオタイ皇国の繁栄をこの都市を訪れた者にあまねく知らしめているのだ。
ここを訪れた他国の使者に自国の威光を思い知らせる。それは圧倒的な豊かさで、連なる甍の海で。
キータイの在り方、それこそがハオタイ皇国が他国をどう見ているかを表していた。
今、この国に面と向かって戦をしかけることのできる国は大陸のどこを探しても無い。
そして、この都は……。
「結界で守られている」
クロードは延々とつづく緑を見ながら呟いた。あの木々は結界を隠ぺい魔法で姿を変えているに違いない。
どこまでも続く緑にはたっぷりと魔術の痕跡が見て取れる。
「なあ、ラドビアス。ハオタイ皇国は、ベオーク自治国を取り込んでいるのではなくて。その実、ベオーク自治国の傀儡国なんじゃないのか?」
ラドビアスが驚いた顔で自分の主人を見下ろす。
「なぜそう思われます?」
「ユリウス、いやイーヴァルアイ。それともカルラと言ったほうがいい? とにかく彼が同じ事をしただろ? 魔道師の住むゴート山脈からレイモンドール国を裏から動かしていた。きっと、彼は自分の故郷を模倣したんじゃないかと思ったんだ」
クロードの目の前でラドビアスが口を手に当てた。
「どうした?」
いえ、失礼しましたとラドビアスは笑いの名残を口に残したまま答える。
「クロードさまって本当に聡い方なんだと思いまして。そうですよ、青い龍の末裔ではなく、ハオタイ皇国の歴代の皇帝に侍っている者がずばり青い龍なのですよ」
「ベオークのしもべってことだよね」
はいとラドビアスが口角を上げた。
「この国が出来たときから皇帝の傍にあるのは、ビカラさまのしもべです」
「上から見たときに、中心の城を中心として延びる道路や構造物の様子からきっと巨大な魔方陣なのではないかと思ったんだ。色んなもので分かりにくくしてあるけど」
クロードが淡々と語る話にラドビアスは改めて自分の主人の顔を見つめた。手を尽くして彼の生国の王に即位させるべきだったのではないかと。
少なくとも彼は今のレイモンドールには必要な人材だろう。彼の双子の兄は喜んで彼を城に迎えるはずだ。
そこまで考えて、しかしその後のことを思うと自分はまた逃げていたのだとラドビアスは気づく。
出来が良すぎる王の兄弟など、国が落ち着いた後はいらぬ混乱の故なのは分り切っている。クロードがどう思おうと彼を国王に押す一派が現れて王宮は二分される。それはそれでクロードが王座に着くつもりがあるのなら自分はこの手を汚すことは何も躊躇することなどない。
だが、自分の主人はそれを良しとはしない。
彼は肉親の情に恵まれなかった分、それを大事にする気持ちは並大抵ではない。自分の存在によって争いがおこることは決して望みはしないだろう。
「ラドビアス、どうした?」
考え込んでいたラドビアスはクロードの声にぐっと引き戻される。
「いえ、なんでもございません。さて、今日の宿を探しに参りましょうか」
「うん、着る物も変えたいな。今のじゃ目立ちすぎるし」
目立つのはその容姿なのだがとラドビアスは思ったが口には出さない。キータイはハオ族が大半だが、国際都市に似つかわしくかなりな人数の外国人も流入している。だいたいがハオタイ皇国自体が大陸の大半を領土としているために、あらゆる人種を抱えているのだ。
そんなに多くはないが、アーリア人もいないでは無い。だが、クロードはその中でも人目をひくだろう。
美しい銀に近いブロンドに藍色の大きな瞳。もし襤褸をまとっていたにせよ、育ちの良さは隠せない。
つまりは、やはりクロードの言う通り服装だけでも変える必要はある。
「いつまで寝ているつもりですか、起きなさい」
植えられていた木の根元に降ろされていたランケイに呪を飛ばしながらラドビアスが肩に触れると、ランケイの体がぶるっと震えた。
「……ここは? あたし落ちちゃったの?」
「ううん、よく頑張ったね。ここはキータイだよ。砂漠を抜けたんだ」
「キータイ……」
噛みしめるようにランケイは声に出す。やっと実感が湧いてきて嬉しさがこみあげてくる。
とうとうやって来たんだと。弟がいるはずのベオーク自治国へもあとわずかなのだ。やっと会えると思うと嬉しいはずが色んな感情が押し寄せてきて胸が詰まる。
でもランケイは知らなかった。
攫われたはずの弟がベオークの王族の一人の眷属になっていることを。
「ようこそ、キータイへ」
物陰から見ていたハオ族の男がニマリと唇の端を上げる。それにつれて頭の頭頂部で結んだ長い髪が背中でゆらりと揺れた。
その長い髪を一本引き抜くと男は呪を唱えて息を吹きかける。髪は一瞬溶けたように見えたあと鴉に姿を変え、男の手から飛び立って「カァ」と鳴いた。
「バサラさまにクロードがキータイに到着したとお伝えしろ」
低く言う声にもう一度鴉は「カァ」と応えて空高く飛んでいった。