キータイへの道
「わたしに連絡を頂くなら他にもっと楽なやり方があると思われますが」
さっきから背中に次々とお小言の山でクロードは耳を塞ぐ。
「なんか派手にしたかったんだよ。やりすぎたかもしれないけどさあ、もう終ったことだし。それに」
言葉を切って急に後ろを振り返られてラドビアスが驚いた顔を見せる。
「なんですか」
「おまえがサラマンダーの事をおれや、魔獣たちに先に言って無かったのが悪いんだよ」
「つまり、わたしが悪いと仰りたいのですか、クロード様」
まあ要はそういう事だとクロードは話を打ち切って寝た振りをした。ラドビアスはため息をついてクロードが魔獣からずり落ちないように体を支えた。
大きなオアシスに夜が明ける寸前辿り付いたクロードたちはやっと宿に落ち着く。厳しい日差しを落とすのはここでも砂漠でも同じはずなのに、オアシスに限っては昼間も人に穏やかな顔を見せている。
恵み深い慈愛の笑みを浮かべているような陽光。だが、それはかりそめの姿だともうクロードには分かっていた。
久しぶりに見る昼間の明るい日差しの中、一行はレストランの丸い卓を囲んでいた。
「おやっさん、あれはきっと砂漠の魔物が化けているんですぜ」
コックの一人が恐ろしそうに腹の出たいかにも商売人風の男を捕まえて陰に隠れて訴えた。
「あの客か。確かに胡散臭いがこの場所に胡散臭くないやつが来たことがあるか? 金は全て金貨だぞ。金払いが良ければ魔物だろうが鬼だろうが大事なお客だ」
自分の経営方針をしっかり言ってから、店主はこっそりとレストランのバルコニー席を占領した客を盗み見た。
背の高いアーリア系の男が付き従っているのは一見女の子かと思うほどの美形の少年。月の光を集めたような髪はこの辺では珍しい。
下女風のハオ族の娘も同じテーブルについているのがおかしいが、もっとおかしいのは体の大きい赤毛の男と青白い体の黒髪の男。
人間を装ってはいるが注文から食事の所作から何というか獣じみている。金貨を積まれては何も言えないが、早く出て行ってもらうのを願うだけだ。
アウントゥエンは注文をつけてほとんど生の骨付きの羊肉を、両手で持って顔を埋めるように貪っている。そして驚く店主に頼んで八割がた羊の血を少量のワインで割ったものを水のように飲んでいるのがサウンティトゥーダだ。
ラドビアスが夢中で食事をしている魔獣に顔を向けた。
「おまえたち、一晩でどのくらい飛べるのだ」
「その後、姿が戻るまで消えていいならキータイまで行ける」
脂ぎった肉を飲み込んでアウントゥエンが一息にそう言うとまた肉を齧った。
「おまえはどうだ、サウンティトゥーダ」
「問題ない」
血に酔ったのか、気持ち良さそうにサウンティトゥーダがゆるりと答えてまた杯を煽った。
「キータイ? もうキータイに行けるの?」
ランケイが嬉しそうな声を上げる。
キータイ。大陸の大半を占める領土を有するハオタイ皇国の首都がキータイだった。天の災害をもキータイを避けるとも言われる大都市。あらゆる世界中の物資と人種が集まるその都は千年の長きに渡ってハオタイの首都であり続けていた。
その間、どこからの侵略も王朝の交代も無く綿々と続くハオ族の国。初代皇帝ロン・イーの血脈が今も青き龍の生まれ変わりとしてこの国を治めているのだ。
その繁栄はこの国が持つ、特殊な国との関りと大きく関係していた。
広大なハオタイの首都キータイは大陸の東に位置している。そのキータイの北にあるのがベオーク自治国だ。飛び地のようにハオタイ皇国の中にある他国。
大きさは大きめの市街くらいしかない。周りを高い城壁で囲い、出入り口は一箇所のみ。
そこを訪れるのはハオタイでも限られた貴人か、各国の王侯だけだ。
その国は大陸全土に影響を与えている魔道教の総本山なのだ。
教皇ビカラは齢千年を超えると言われている。それが本当なのか、真偽を確かめる術は無い。教皇を頂点にその血族だけで構成された神と称される人々住んでいる。その魔導師だけが住んでいるその国は謎が多い。
ロン・イーとビカラの契約からハオタイ皇国歴史は始まったと言われる。しかし、その創始を知るものなどこの世にはビカラしかいない。
そのベオーク自治国を目指しているクロードやランケイにとって、キータイに行き着くことはその一端に辿り付いたということだ。
「もう少しで助けに行ける」
ランケイは感極まって胸に自分の拳を当てた。
教皇一族の一人に捕まってしまった弟。やっと会えると思うといてもたってもいられない。
「早く行きたいわ。いつ、発つの?」
「今晩にも発ちますか、クロードさま」
相変わらずランケイには知らん顔で、ラドビアスはクロードの鼻についたソースを指で拭った。
「うん、いいよ。でもランケイ、君とはベオーク自治国への街道で別れよう」
「な、なんで?」
「そういう約束だったから」
クロードは淡々とランケイに告げる。
「酷い、一緒に行けるかと思っていたのに」
どこで引導を渡せばいいのかクロードはずっと考えていた。生まれ故郷に近いオアシスの方がいいか。それともキータイかと。
どこに暮らしても身寄りの無い貧乏人には辛い生活だろう。でも、田舎よりもかえって大都会のほうが懐は深い。見知らぬ隣人が一人増えたとしても気にする者もいまい。
クロードはそう思って言われるままに連れてきたのだ。ランケイの村はもう焼失して無いのだから。
自分の身も守れるか分らないベオークにランケイを連れて行くことはできない。生きているなら弟は自分が見つけてやると思っていた。
「キータイで別れるのが一番いい」
「足手まといだから?」
息巻くランケイに「その通り、分かってるのなら言うことはありませんね」ラドビアスが冷たく返す。
「急にあたしのことなんか、面倒になったのね。いいわよ、別れてやるわよ」
ランケイはそこにあったワインの残りをクロードに勢いよくかけると店を飛び出して行く。
「あんな不義理な子どものことなど放っておいたらいいのですよ。クロードさまの人の良さにはあきれます」憤懣やるかたないラドビアスが戸口を睨みながら言った。
「俺も自分で今ちらっと思った」
ラドビアスに服を拭いてもらいながらクロードが苦笑いを浮かべた。
泣きながら人ごみを走っていたランケイは、いきなり腕を掴まれてテントの一つに引き込まれた。
「何やってるんだ、ランケイ。おや? 泣いているのか」
「あんたは……誰?」
ランケイを捕まえた男がにやりと笑った。一重の目がきゅっと上がっている。ハオ族の男。細い体に沿うように襟の高い長めの上着を腰で縛っている。
髪は頭の頂点で結んで後ろに垂らしていた。
「わたしはベオークの眷属だよ、おまえ勝手なことをしてんじゃない」
ランケイは、自分がベオークの手先だと思いださされて項垂れた。