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神の啓示

 

 これほど夜が恐いと思ったことは今まで無かった。

 いままで、恐ろしいのは昼間のほうで、その目の前に広がる真っ白な光は禍々しい魂胆を秘めているものだと思っていた。

 優しく人を慈しむように日差しという凶器から暗幕をかけて守ってくれている。それが夜だと思っていた。

 それなのに息もつけないほどの恐怖が足から立ち上ってくる。絡み付いてくる蔦のように足を登り、心臓を包む。真っ暗な大地と輝く星空。



 散らばった荷を歓声を上げて集めている仲間を見たあと、ザックは背中を向けている少年に視線を移す。

 クロードは空から物事を見ているようだとザックは思う。目的のために流す血は仕方ないという無情なやり方を躊躇い無くすること。それは上に立つ者の考え方なのだ。

 王者の器――前にクロードが自分でどこかの国の王子だと言っていたのもあながち嘘でなかったのかもしれない。

 王子で魔導師だという少年はこれからどこへ向かうのか。

 大成功だと笑う奴らもクロードが汚した手の代わりをすることはしない。死んだやつらにも家族がいたんだぜと、そう思うのは簡単だ。

 相手を思いやる振りをするのは容易い。自分は非道では無いと対岸にいたい。それは特別なことでは無い。

 だが、誰かがやらないといけないのであれば、仕方ない。

 俺もこの先の桜蘭族の行く末を考えるために非情にならなくてはならないとザックは自分を奮いたたせる。もう仲間のように無邪気に残された商隊の荷を奪う気にはなれなかった。これからの事が重く圧し掛かって来る。

 上手くやらなければ。

 なんで俺がと思うが、仕方ないのかもと諦める気持ちがある。

 人にはそれぞれやらなくてはいけない事がある。

 その時が俺にも来たのだと思った。

 そこに――。

「お迎えに上がるのが遅くなって申し訳ありません」

 羽ばたきの音と、頭上から声が聞こえた。

 顔を上げるとそこにいたのは、翼をはためかせた赤い狼と闇の中で光るような大きなドラゴンだった。

「気がついたんだ」

 嬉しそうに手を伸ばしたクロードに向けて、空中に止まっていた狼のほうが急降下してくる。近づくと恐ろしいほど狼は大きく、そこに声の主が乗っていた。

「それは気づきますよ、あれだけ大きな花火が上がっていれば」

 抱き上げるようにして男はクロードを自分の前に乗せる。

「おい、クロード。行っちまうのか」

「うん、頑張れよザック。軌道に乗ったらしょぼい貧乏人には手を出すな。ハオタイは金持ちなんだから。そこからうんと取ってやれ」

 クロードの連れはクロードにしか興味が無いのか「急ぎましょう」と話を打ち切らせた。

「おい、おまえも気をつけて行けよ」

 ザックの声に分かった、と言ったのだろうか。それともさようならと言われたのか。

 唐突に最初からいなかったみたいに少年の姿は空高く見えなくなった。

「こんな魔法みたいなこと。俺は信じねえからな」

 魔導師や、ドラゴン。それに翼のある赤い狼だと? 子ども向けの寝物語でもあるまいし。

 ザックは空を見上げてそう呟く。砂漠の蜃気楼を見ることは死の前触れだと言われる。今までのこともすべて夢で、俺は死に掛かっているんじゃないのか。

 灼熱の砂漠のど真ん中で干からびて死にそうになっているのではないか。

 だけど今は夜で、やったことはこの手が覚えていた。そしてクロードの事も覚えている。生意気な魔導師、いやガキだった。

 思うように俺らを引っ掻き回してくれやがって。

 そのツケを払わされる俺の身にもなってくれとザックは空を仰ぐ。

 絶対成功させて今度会ったときに自慢してやる。ついでにクロード、おまえからも金を取ってやるとザックは自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。

「おまえら、手早く撤収だ。次もあるんだからな」

 ザックは大声を出すと仲間の下に駆け出した。




「捜しましたよ」

「そう?」

 クロードのあっさりとした返事にラドビアスは軽くため息をつく。自分の主人は儚げに見えて実は案外図太い。どこででも生きていけるのではと時々思う。

 それは、体に封印された経典を取り出せば、自由に生きることが彼の幸せだという事実を突きつけられているようだ。

 魔導師でもなく、一人の青年としての人生を。

 その時、わたしはどうしたらいいのかとラドビアスは自分の主人の細い背中を見つめた。

「楼欄族の暮らしぶりが分かって結構面白かった」

「面白い? サラマンダーを使ってハオタイ皇国公認の商隊を全滅させたのが、ですか?」

「そう、人は動くのを待っている。与えられた運命を、神の啓示を待っているものだと良く分かった」

 冷めた物言いにラドビアスは心が痛む。声に出さなければ、気に病んでしまうのだろう。本来クロードは殺生を嫌う性質なのだ。

「いつか、食ってやる」

 二人の話に突然アウントゥエンが入ってきた。

「何を?」クロードが魔獣の眉間辺りを優しく撫でると、ごろごろと喉を魔獣は鳴らした。

「あのオオトカゲに決まってる」

「そうだな、帰りに寄ろう。楽しみだ」

 クロードはそう言って闇に消えたザックに別れを告げた。

 次ぎに会うときはきっとお互い違った立場だと思いながら。

「さようなら、ザック。上手くやれよ」




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