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ログー

「すべての指を内側に組み伏せるのが、内縛印。そして左食指を立てて他は握り、立てた左食指を右手で握る。右親指は拳の中に入れてね。これが智挙印。最後に呪文を唱えるときは親指と食指を左右くっつけて他は伸ばして掌を押し出すようにする。日輪印というんだ」

 クロードが説明しながら流れるように三種類の印を組んでいくがそれを唖然と見ているザックの反応が鈍い。

「分かった?」

「いや、全然」

「ええ? 一つくらいは覚えてよ、ザック」

「ばか言え、俺は魔導師じゃねえんだぞ。そんな手の先をくねくねさせるような事がおいそれとできるかよ」

 へっと唾を吐いていきがってみる。

「んじゃあ、このまま貧乏暮らしでもいいんだ。別におれは構わないけどさ。ただの旅行者だからな」

 ――くっそーなんで俺が。

 そう思うもののクロードの言っていることの方に分があるのは分かりきっていた。

「ちくしょう、やってやるよ。もう一回、一個づつ教えやがれ、くそガキ」

 手を出したザックの前で少年がゆっくりと指を振った。

「ちっ、ちっ、違うだろ? クロード先生だよ。忘れたの?」

「てめっ……」

 振り上げた拳の降ろしどころが分からない。 暫く仁王立ちになっていたが、こいつを少年だと思うのは止めたとザックは目を閉じる。

「教えてくれ、先生」

「いいよ、じゃあゆっくりやってみるからね」

 結局三つを間違いなくできる頃には外はもうじき太陽が暮れる時間になっていた。

「今日中に札を仕掛けに行こう。そして決行は明日。それまでに呪文も覚えてくれよ、ザック」

 ああとうんざりした顔でザックは生返事を返す。

「おまえら魔導師っていうもんは毎日こんな事をしてんのか?」

「毎日? さぁ、おれはしてないけど。慣れれば直ぐだよ、ザック。今日は僕がやることをしっかり見ていてくれよ。今度やるときにはおれはいないんだから」

 ああ、こいつは道連れが絶対生きてると思ってやがるのかと複雑な気分になる。 この自信はどこから来るのか? 子ども特有の根拠の無い自信、ってやつかもしれん。 そう思ったら少し夜の空気が身に染みた。

 大人みたいな老練な物言いをしたかと思うと、いきなり子どもに戻る。 万華鏡のようにくるくる印象が変わるのについていくのに四苦八苦だ。

「砂漠を移動するのになんか乗り物は無いの?」

 荷物を鞄に詰めて立ち上がったクロードが当然あるよね、という意味を含ませてザックを見上げる。

「隣の部屋に繫いでる。おまえ、知ってて惚けてんじゃないのか? ログーという馬みたいな鳥だ」

「鳥?」

 首を傾げているクロードに、来いと手首を返して合図するとまだ寝込んでいる男たちを跨いで隣に続く引き戸に手をかけた。

 ザックとクロードが部屋に入ると乏しい明かりの中、大きな影が二つ警戒したように動いた。 大きさは馬より若干小さめだが二本足じゃなかったら鳥だとは思えぬ大きさだ。

「こんなの初めて見たよ、すごいなぁ」

 感心しながらクロードが近づくのをザックが手を出して止める。

「いきなり寄るな、蹴り殺されるぞ。こいつらは結構気性が激しい。爪を見てみろ、こんな爪で一蹴りされるだけで死んじまうぞ」

 なるほど一抱えもありそうな逞しい脚の先に上にぐっと持ち上げたような鉤爪が鋭く光っている。

 長い首の上には体に不釣合いな小さい頭。だが嘴も結構鋭い。

「肉食ってことは?」

「普段は食わねえが雑食だからな。 砂漠じゃ何でも食わないと死んじまうからな」

 ザックは「ゴワッ、ゴワッ」と声を出しながらその二羽に鞍をつけた。

「おい、先生。俺の真似してみな。こいつらは鳴き声で命令をきかすんだ」

「グルルッ、これがお座りだ。乗る時やこいつらを休ませたりする時に使う」

 巻き舌に苦労しながらもクロードが真似ると嫌なのか、ニ、三度たたらを踏むように足踏みした後にログーはその場にしゃがみこんだ。

「ちぇっ、おまえ物覚え早過ぎねぇ?」

 そう愚痴るものの、飲み込みの早い奴を相手にするのは悪い気がしない。

「んじゃあ、そこに足乗っけて乗ってみな」

「わかった」

 ひょろひょろの坊ちゃんかと思えば、結構俊敏な動きでクロードは鳥にあっさりと跨る。

「じゃあ次はボッボッと言え。これが立てって合図になる」

 次々と言われることを淡々とこなすクロードにまたしても愚痴が出てきた。

「おまえ、恐いって言葉知ってるか?」

「知ってるかって? 当然じゃないか。おれはまだ十七歳なんだよ、お子様なの。世の中は恐い事だらけだよ」

 クロードが言えば言うほど嘘っぽく聞こえるのはどうしてなのか。

 ログーから降りるとクロードは「行こうか、ザック」とログーの引き綱を引いて歩き出した。 会ってすぐ扱えるようなやつじゃないはずなのにと、ザックは少年に引かれていく大きな鳥の後ろを見送る。

「おまえ、馬のほかに何に乗れる?」

「うーん、狼とドラゴン」

「なんだと?」

 すぐさま、返ってきたクロードの返事に嫌だ、嫌だとザックは頭を振る。

「やめてくれ、俺は空想世界の怪物なんかの話はごめんだ。俺まで引きずり込むなよ、先生」

「あははは、ザック、すでにあんたもおれの話の登場人物なんだけどね」

 クロードの片目を瞑った姿にザックは大きなため息をつく。 なんだかこの何日かでどっと歳をとった気がする。 腰を擦りながら自分のログーの手綱を引いて暗く狭い坂道を上がった。

 息苦しく狭い通路を抜けた瞬間、肺一杯冷たい空気で満たされる。 真っ黒なカーテンに縫い取られた数々の宝石。 すぐ近くに感じられるのに手を伸ばしても届く事は決してない。

 おれの人生そのものだとクロードはしばし空から目が放せなかった。

 幸せとは何なのか。どこに行けばあるのだろう。

 どうやって手に入れるものなのかさえ、おれは知らないのだとクロードは視線を戻した。



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