魔導師の弟子
「まずは、ここから近い場所でサラマンダーを続けて出没させる。その場所は近すぎても遠すぎてもダメだ。隊列がこの辺りなら安全だと思うように考えるとすれば……ここと、ここの辺だと思う」
おかしいことを言っていたら教えてくれよとクロードは話を続ける。 おかしいと言えば全部おかしいが今はそんな事を言える雰囲気では無い。
「サラマンダーを出没って、どうやるんだ。こっちにおいでとか言ってやってくるような可愛いもんじゃないだろうが」
ザックは釘を刺してやるとばかりに地図に手を突いた。
「まあね、発火の呪符を使うよ。あとで紙とペンを貸してくれ。それをあらかじめ予定の場所に仕込んでおくんだ」
「発火の呪符っておまえ」
「ああ、ザック。言ってなかったけどおれ、魔導師なんだ」
「なんだとぉ?」
するりと言ったクロードの言葉に周りにいた全ての男たちが目を見開いた。
「魔導師って、本当か」
ザックの横にいた男が驚いた顔を隠しもしないでクロードの顔をじろじろ見る。 魔導師なんて本当にいたのか。 そう顔に書いてある。 大陸の西側や、東のハオタイ国の首都キータイ周辺ならそこら中に魔導師はいる。 だが、ここ砂漠にはそんな者はいない。
過酷な気象条件の中で生産性の無い魔導師などがいる余地は無いというところか。 話には聞いた事があるが、ここの男たちにとって魔導師などおとぎ話の登場人物でしかない。
「さっきの話だけどよ、大丈夫なのか」
いきなり疑い深くなった男たちにザックは笑みを浮かべた。
「だとさ、おまえ大丈夫なのかよ」
「勿論。計画をしっかり立てて、あとは小父さんたちがしっかりやれば、ね」
男たちの造反など毛ほども心配してないようにクロードは晴れやかに言った。 こいつ、大人に偉そうにする生活でもしていたのだろうか。 大人を顎で使いやがるとザックは舌打ちした。
その後二日は、その怪しげな呪符を作る作業とその発火の規模とサラマンダーを呼び寄せる距離、範囲などの詰めを行っていた。
釘で引っ掻いたようなおかしな文字を長細い紙にクロードはどんどん書いていく。
「こんなに要るのか?」
覗きこむザックに手を休めることなくクロードは応えた。
「一回には十枚もあれば足りるよ。ちょっと他に考えがある」
「一回にっておまえ何回やるつもりだ」
ザックは顔色を失ってクロードの手を掴んだ。 インクが溜まって染みが紙に広がる。
「一回じゃ旨みも少ない、だろ?」
「おまえ……何を考えてる?」
「恐い顔するなよ、ザック。おれの話をもう少し我慢して聞いてくれ」
「おまえ、その言い方やめろ」
煩くまとわりつく子どもをあやすようなクロードの言い方にむかついたザックだったが、ここは大人らしく黙ってやると口をつぐんだ。
「何回か同じことをやらかしてハオタイ国のやつらを思いっきり脅かす」
「……で?」
「その前に手を離せよ、ザック。手は動かしながら話すよ」
「ああ……悪い」
慌てて手をどかしたザックに笑顔を向けてクロードは話を続けた。
「そこで、あんたの登場だ。砂漠の外れ、キータイ郊外か、反対側のダルファンで商隊と接触するんだ。上手くサラマンダーをかわす方法があると交渉するんだ」
「そ、そんな話にのってくるかな」
「大丈夫、彼らだって何回も莫大な損害をこうむっている。そして案内人の腕はすでに知っていたんだから。自分たちの軍隊が歯が立たないのが分かれば交渉のテーブルにつくさ」
「それって」
「これが成功したら独占的に楼蘭族が砂漠を横断する商隊を護衛できる。あんたの嫌いなあこぎなことをしなくても良くなるってことさ」
「おまえ、そんなことを考えていたのか」
何をどう言えばいいのか、ただの暴れ好きなガキかと思ったらとんでもない策士だった。 おまけに俺たちの行く末まで考えていたとは。
「おまえ、本当に十七歳なんだろうな」
「あはははは、どうだろう? どう思う?」
こいつは魔導師なんだと改めて見ると薄気味悪いことも無いでは無い。 一心不乱に札に字を書いている少年にザックは声もかけられず座り込んだ。
「なんだ、何を言ってるんだ?」
酒盛りで盛り上がっていた男たちが酒臭い息を吐きかけながらザックの肩に腕を回してきた。 それを胡乱そうに跳ね除けながらザックはクロードに顔を向けた。
「さっきのは、これが成功するまで誰にも言うなよ」
「それはおれの台詞だったよ、ザック」
ふんと鼻を鳴らしてザックは立ち上がった。 クロードと話しているとまるで老練なじじいにあしらわれているような気になる。
それでいて見た目は儚い美少年なのだ。
「ったく、魔導師っていう種族ってのはみんなおまえみたいなのか?」
「魔導師は種族じゃないし、生まれつきでもないよ。ザックにだってなれる生業の一つだ。それに今回の発火の呪はおれが発動させるけど、その後はザックに任せるから」
「なんだと?」
大声を出しそうになって、ザックは自分の口を手で塞いだ。
「絶対ごめんだ。おまえが言い出したんだから最後まで面倒見ろよ」
「できたらそうするよ。だけど何があるか分からないだろ?」
ふうと息を吐いてクロードがペンを置く。 分厚い札の束が机がわりにしていた木箱の上に積み上がっていた。
「人間っていうのは、忘れ易い。ハオタイとの交渉が成功してもそのうちハオタイの方がまた高くつくのを嫌がって色々ふっかけてくるかもしれない。例えば随従する人間を多く用意するから案内人を減らせとか。契約料を下げろとかね」
そこでと言いながら机に置かれた札を指差す。
「これでまたサラマンダーを上手くおびき寄せて思い出させてやればいいんだよ。その時にはさすがにおれはいないだろ? ザックが覚えなきゃ仕方ない」
理路整然と理由を言われてしまえば、なんとなく嫌だとかいうザックの思いは言い出しにくい。
「それってつまり、俺がおまえの……」
「弟子になるってことだな。魔導師の弟子だよ、ザック」
いきなり立場をひっくり返されてザックは口を歪めたが、考えてみればこの何日間俺が師匠らしかったことが、いやこいつが弟子らしくしおらしかったことがあったろうか。
「くそったれめ」
思わず口に出した言葉に、
「先生にその口の聞き方はないよな、ザック」と即座に先生の指導が始まった。