砂漠の魔物
ああ……なんだとザックはちょっとほっとしていた。 悪魔か魔物かと思っていたが、用は騒ぎをおこせば逸れたと思っている連れが気づいて会えるのではないか。 そう思っているのだ。 頭でっかちだがなんて、そうなんて可愛い。
いや、可愛くは無いか。 思いなおして咳払いするザックだった。
その晩も明けようとする頃、彼らは昨日の倍ほどの大きさの隠れ屋につく。
降りていくと、奥から光が漏れていた。 先に誰かが来ているらしい。
「ちょっとここで待て。俺が先に見てくる」
通路でザックはクロードを待たして大股で中に入っていく。 中に頭の固い年寄りでもいたら話がややこしくなる。 ここがだめなら急いで別の場所に移動しないと、自分たちが乾燥肉になってしまう。 無用ないざこざを起こす暇など無い。
暗い通路でクロードはひんやりした壁に背中を預けて、黒い魔獣を思い出していた。 艶のある黒い鱗を持つ魔獣。 暑かった夜は彼の背中に頭を預けていた。 寂しがっているだろう。 相棒の赤い魔獣ともどもあの二頭はとても寂しがりなのだ。
「おい、さっきから呼んでいるのに何ぼさっとしているんだよ」
太い声がクロードを考え事から引き戻す。
ここは、穴の中で、
おれは案内人の世話になっていたんだった。
「何ぼさっとしているんだよ」
手招くザックのについて中に入るとザックと同じ赤銅色の逞しい男たちが何人か円座になって酒を飲んでいた。 濃い乳白色の液体はかなりのアルコール度数らしい。 ちびちびと舐めるように飲んでいる。 酒にしても水分はここでは貴重品扱だ。
「良かったよ、俺の知り合いばかりだった。ここへ来い、クロード」
言われた場所に座りながらクロードは砂漠で一般的に多い、握りこぶしを両手で合わせて顔を見ながら頭を下げるお辞儀をする。
「おいおい、弟子を取ったってこいつか」
「楼蘭族じゃなかったのか」
「まあな」仲間がクロードを見て驚くことは織り込み済みとザックは軽くいなしてクロードの横に胡坐をかいた。
「ちょっと訳ありでな。次のオアシスまで連れていく。そりゃそうとおまえらこんなに集まって何してる?」
「こいつみたいな子供や女を襲って奴隷として売ろうとな。何人かでやったほうが楽にできるからな」
仲間の裏仕事をクロードに聞かれて、ザックは嫌な気分で黙り込んだ。 クロードに聞かせたくないと思ってしまう自分にも苛立つ。 俺たちに他の選択肢など無いと大見得を切りたいのに「ほら、やってるんじゃないか」と笑われそうで気が重い。
言い訳したいのか、したくないのか自分でも釈然としない。
なら、俺たちはこの不毛の土地でどう暮らせばいいというのか。 こども相手に詰め寄ってしまいそうになってザックは腹が落ち着かない。
そうだ、気持ちの持っていきようが分からず苛ついているのだ。
こんなガキに自分の生き方をどうすればいいかなどと問いつめてしまう予感にザックは参ったように額に手を当てた。
「小父さんたち、そんな事するより稼げる方法があるよ」
そら来たと牽制する間も無く、男たちはクロードの話に聞き入ってしまう。
円に座った男たちの前に広げられた茶けた羊皮紙。
それは、秘中の秘、この海のように広い砂漠の地図。 砂漠を制しようとする者、例えばハオタイの皇帝にとっては喉から手が出るほどの宝だ。 これをハオ族に奪われることになれば、この砂漠の自治も砂上の城のように崩れることになる。
いつもは昔からの言い伝えや、小さい頃から体で覚えた道順で砂漠を行き来しているため大事にしまっている地図などわざわざ出して見る事などない。
その地図が今開かれていて、何人かの男とアーリア人の少年が囲んでいた。
「今、おれたちはどこにいるのかな」
そんな事も分からないのかと、ちゃかして誤魔化すつもりだったザックの横の顎鬚男が地図に指をつけて「ここだ」とご丁寧に教えている。
危ない。このガキの純真そうな顔に騙されて、調子のいい話の虜になっていく同胞の顔を見ながらザックは苦りきっていた。
やっぱり、こいつを拾ったのは間違いだったと思う。ほんの出来心でやった人助けが自分の首をしめるなんて、神なんてやっぱりいないということか。
「……その話だとサラマンダーは、三日か四日をかけて右回りにここを中心にした円を描くように移動しているってことだよね」
男たちの話を聞きながらクロードが人差し指でぐるっと大きな円を描いた。
「前に出たのがここってことなら今はここら辺だよね。近くキータイに向かう商隊が通る情報とかないの?」
「そーいや、三日前にダルファンからキータイに向かう商隊があったよな。今はここら辺りじゃないかな」
薄明かりの中でクロードはにっこりと笑った。
「じゃ、これをいただこうよ」
「バザールの店先で物をねだっているんじゃねぇんだぞ、おいクロード」
たまらず声を上げたザックに周りの男たちが熱く語りかける。
「おい、やってみようぜ。なんか面白そうじゃないか」
「ちっ、面白そうで命を落としてたまるかよ。おまえら、こんなガキにのせられやがって何夢みてんだよ。砂漠の魔物にでも化かされたんじゃないのか」
「違うよ、ザック」
ザックの言葉にクロードが笑いながら返す。
「砂漠の魔物の正体はおれたちさ。おれたちが魔物になるんだ」
「はぁ?」昼間もやばいが夜もやはり、砂漠はやばいとザックは言葉を飲み込んだ。