砂漠に棲む悪魔
「どうせ狙うなら国の保護を受けた商人の隊列じゃない?」
「お、おまえ、何言ってる?」
サラマンダーの脅威さえ撥ね退けるほどの警備をつけたハオタイ国公認の商隊に斬り込めとこの少年は言っているのか。
「おまえばかかよ。あいつらときたら軍隊一つ連れて来てるみたいなんだぞ。あれに手を出すって何ばかなことを。もしできたとして報復にあったらどうするんだよ」
「だからさ、サラマンダーを使うんだよ。魔物相手だったら報復も何も仕方ないだろ?」
「げっ、何言い出すと思えば」
サラマンダーを使うなんてどうやるんだ。 しかもそれを制御するなんて。 やっぱりこいつは頭の箍が緩んでいやがる。 気味の悪い思いでザックは自分の後ろで笑っている綺麗な人形のような少年を振り返った。
「上手く誘導してさ」
「おい、いい加減にしろよ。出来もしないことを延々としゃべるなんて、おまえ本当にくそガキだな。口を閉じろ、前向いて大人しく歩きやがれ」
はっと大きく息を吐いてザックは踵を返して歩き出した。話しは終わりだと打ち切ったつもりなのにクロードの話は続く。
「ザックたちの避難所のある所を地図に記しを付けてみてよ。そしたらサラマンダーの移動経路が分かる。昨日出現したところと前に出たところ、その他を吟味すればどこら辺にいるのか分かるんじゃないのか?」
「だったらどうした?」
「ザックたちの避難場所は深く掘り下げてあったよな。たぶん、あの下も粘土層が続くならその部分はいくらでかい魔物だって避けるだろ。柔らかい砂を掘るのと、固まった粘土を掘るのとは労力が桁違いだ。獣だったら本能的にそんなところは移動しないはずだからね」
ザックの足は完全に止まっていた。
「それにあんなに大きな個体がいくつも重なったテニトリーにいるわけがないんだから、おれが襲われた辺にいるのはあれ一体だと思う。番いという考えでもまあ二体。上手く誘導して狙わせればいい。人間が消えたあと、ゆっくりとお宝を頂戴すればいいんだよ、ザック」
ごくんと唾を飲み込む音がする。
こいつは本当にかわいそうな子どもなのか? ザックは呼吸を思い出したように長い息を吐いた。
「おまえ、そんな恐ろしいことを良くも平気で言うよな。俺らは生活のためにやむなく非道を働いているんだ。楽しんでるわけじゃない」
「いくら腹で思っていたってやることやってるのなら、それは思ってないのと同じじゃないか。ザック、言い訳しながら悪いことするなんて止めたら?」
なんでか喉が乾いてならない。 ただ、酷く喉が乾いた。
人は恐ろしいと感じたときにも喉が乾くのか。 ――ザックは喘ぐように空気を飲んだ。
「で、堂々と悪いことをしろってか? おまえ悪魔か?」
「生きる手立ての話をしてるんじゃなかった? ザック。生きるためには何がしかを犠牲にしなくてはならない。それが、動物か、植物か、それとも同胞たる人か――その違いだと思うけどな」
「それだけっておまえ……」
外にいるのに狭いところに無理やり押し込められたような息苦しさ。ザックはいくら息を吸っても空気は肺まで届かない――そんな気がした。
「その話はまた後だ。先を急ぐぞ、がき」
「はいはい」
後ろをついて歩いてくるのは果たして本当の人間なんだろうか。 まさか本当に悪魔とかじゃないだろうなとザックは度々振り返った。 首の後ろが心細くて寒気がする。 こんな事は初めてだった。
砂漠には魔物が棲んでいると小さい頃よく聞いたものだ。 果たしてそれは親がこどもを脅かす戸棚にいるおばけ――その類のはずだった。
だが、大人になって砂漠を案内人として往復する生活になってみると、魔物は結構そこかしこにいるのに気づいた。
それは、前金だけ払って後金を渋って案内人を殺させる商人だったり、途中で強盗に姿を変えてしまった仲間だったり。 そして弱い人間から身ぐるみ剥いでいる自分の中にも魔物はいた。
だがこんなに綺麗な魔物は初めてだった。 可愛い顔で簡単だよと甘く囁く内容は驚くほど甘くは無い。
「おまえさ、俺にそんな事をさせててめえが何か得することでも裏で考えているんじゃないだろうな?」
後ろを振り返らずにザックは大股で歩いている。 後ろからバタバタと慣れない履物でついてくる少年。 いや、もう実は十七歳だと言っていたか。 十七歳って言えばもう自分は大人について働いていた歳だった。 酒も飲んで女の味を覚えたのもそういや、十七の頃だった。 てぇことは、過保護にする歳でもあるまいと思う。
「鋭いなザック。その通り。派手な狼煙を上げたいと思ってさ。この目印もあまりない砂漠は案内人以外の人間にとって待ち合わせには向かないから」
思わず振り返ったザックに少年はにっこりと笑いかけた。
「ザック、大きな騒ぎを起こそうぜ」