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隠れ家

「次のオアシスまで行くまでのおまえの立場だけど」

「ザックの弟子でいいよ、もちろん。連れがいない場合はお金払えないし」

 話の先を読んだようなクロードの言葉にザックの手が上がる。

「いいよって、おまえ何様なんだ? いいから俺の言うことを黙ってきけ」

 クロードの頭をはたいてザックは立ち上がった。

「ここは、俺たち楼蘭族だけが知っている非難所だ。こんな小さな穴倉が砂漠のあちこちにある」

 そしてそれは楼蘭族が絶対漏らしたくない秘密だ。 オアシスまでは何も無い。 そうでなければ案内人の仕事にも支障がおきる。 ここに楼蘭族でない少年を泊まらせたことが仲間に分かれば何かと問題にもなるだろう。

 自分が思いのほか厄介な事に首を突っ込んでしまったのを今更思い知るザックだった。

「おまえ、いくつだ?」

「その質問には答えにくいなぁ。いくつに見える?」

「なんだよそれ、酒場の飯盛り女みたいな返事じゃねえか。もしかしておまえ女か?」

 その年頃のこどもは性別が分かりにくい。 もしかして、危険回避のために女が男装しているのではないかとザックは思ったのだ。 見た目は、そう見えないでもない。 アーリア人は小さいうちは、華奢で美麗な子どもが多い。 この砂漠を越えるアーリア人の子どもなど数えるほどしか見たことが無いが、その中でもこいつはぴか一だと思う。

 なにせこぎれいな顔なのだ。 銀色のような金髪は艶やかで、群青色の瞳は長い睫が影を作るほどだ。 高いが小鼻の小さい鼻に淡い桃色の花びらみたいな唇。

「女みたいなんだよ、おまえの顔」

「ええ? おれ、男だよ。見た目は十四歳くらいに見えるらしいけど実は十七歳なんだ。ガキっぽいから言うの嫌なんだけどね」

 ため息交じりでその少年、クロードはがっくりと肩を落としてみせた。

「十七歳? そりゃ、見えんな。まあ、その頃っていうのは急に大きくなるからな。おまえもこれからかもしれないぞ」

 なんだか、こいつに会ってから俺は失言ばかりしているとザックは思った。 いや、違う。失言なんて今まで考えもしなかった。 結局気遣う相手に会わなかっただけかと思い至る。 がきの相手などしたことが無かったし。

 繊細そうな顔を見せるアーリア人の子ども相手ということがザックを戸惑わせる要因になる。

「なぁ、おまえどこまで行くんだ?」

「砂漠を抜けて、その先に」

 具体的に言わないのは、警戒しているのだろう。 お坊ちゃんと見せていて、結構場数を踏んでいるらしいとザックは鼻を鳴らした。

「まあいいか。あと少しで日が沈む。そしたら出発だ」

「なあザック、あんたは一体幾つなんだ?」

「俺か? 二十八だ」

「二十八? うそ」

「なんだよ、その嘘ってのは。歳より若いっていう言い方には聞こえなかったぞ」

 おいおいとクロードを見ると彼は「二十八か」ともう一回言った。

「しつこいぞ、おまえ」

「いや、ごめんなさい。おれの知り合いに同じ歳がいるからさ。縁があるなと思って」

「誰だよ、そりゃ」

 うんと曖昧な返事を返してクロードはラドビアスのことを思い出していた。 実際は五百歳以上なんだが、見た目は二十七、八歳。 ついでに言えば、ユリウスの兄、そしてラドビアスの龍印の刻印の主バサラもそのくらい。 彼のもう一人のしもべ、インダラも同じはずだった。

「おれの連れだよ、はぐれた仲間」

 クロードの返事にああ、またやっちまったよとザックは頭を掻いた。

「そ、そりゃ思い出させて悪かったな」

「別にいいよ。ザック、おれにそんなに気を使わなくても大丈夫」

 なんだか反対に慰められてザックは調子が狂う。

「変な奴だな、おまえ。もういいや、靴にこの枠を嵌めろ。砂地でその靴じゃ歩きにくいだろう。おまえ、本当に砂漠を渡ろうとしてたのか?」

 投げるように渡された楕円の木枠がついたものを靴に嵌めて、ついていた革紐で結びながらクロードは苦笑する。

 まさか、魔獣に乗って空を飛んでいくつもりでしたとは言えない。

「うん、まさかこんなに大変とは思わなくて。案内人のことも知らなかった」

「おまえ、死んでたな、やっぱり」

 そう断言してザックは持っていくものの点検を始めた。

 すっかり自分の支度を終えたザックがクロードを見ると、渡された必要最低限の生活用品と水筒を入れた鞄を斜めがけしてクロードも支度を終えていた。

「おまえさ、結構旅生活が長いのか」

 ふと思いついたように聞くとクロードは「そうだな、三年目に入るよ」とこちらも何気無く応えた。 返事を聞いてなにか込み入った事情がありそうだとザックは思ったが、ずかずか入る気もしない。 自分を含めて人は何がしか降ろすことのできない荷物を背負って生きている。 それが他人から見えて小さいか大きいかなど本人には関係ないことだ。

「じゃっ、行くぞ」

「うん」

 通路は暗くて人がやっと通れるくらいの土を固めたものだった。 手で触れてみてクロードはそれが粘土だと知る。 砂地の下には粘土の層があるらしい。

 しばらく並行に歩いていたが急に天井が抜けて、見上げると粘土の層に石が等間隔に打ち込まれて足場になっていた。

「これを登るぞ、俺の後に来い」

 ザックがすたすたと登っていく後をクロードも続く。

 手も足も痺れてきたとクロードが思った頃、大きな石がたてる軋む音とともに冷たい風が一気に穴に吹き込んできた。

「手に掴まれ」

 先に上がったザックが差し出す手に引っ張り上げられてクロードは新鮮な空気を存分にを味わった。

「ありがとう、ザック」

「なんだよ、気持ち悪い。手を貸しただけだろ」

 ザックの言葉にクロードが笑いながら言う。「違うよ」

「何が違うんだ?」

「あんなに長い壁をたぶん俺を背負って降りたんだろうなと思ってさ」

 ああ、そのことかとザックは納得の表情になった。



 砂漠の夜はなぜこんなに静かなのだろう。 聞こえるのは風が砂を連れ去ろうとするさらさらという音だ。 遠くには確かに肉食獣の呼び合う声もするのに、音は昼間よりずっと遠くへ拡散してしまうようだ。

 空が眩しいほど明るいのと対象的に地面は漆黒で自分の身を守っている。 昼間に受けた火傷の跡を修復しているかのように寡黙だ。



 その静寂を破ったのはザックの後ろから慣れない靴に苦労しながら歩いてくる少年だった。


「ねえザック、案内人を雇えない人間を襲うのはおかしいとは思わない?」

 突然言われた言葉にザックは内心身構える。

「正義にもとるとか、人間としてうんぬんとか説教垂れる気ならごめんだぜ」

「そうじゃなくてさ」

「じゃあなんだよ」

「貧乏人なんて奴隷として売るしかない。あとは、案内人を雇うほうがいいとい見せしめ? ともかく仕事にあぶれたのに、そんなんじゃたいした稼ぎにならないんじゃないかと思ってさ」

「そりゃそうだが」

 ザックはいきなりこのがきは何を言うつもりなのかと恐ろしくなった。





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