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旅の道連れ

「案内人? 楼蘭族なんですか」

 さっきのラドビアスの話を思い出してクロードは笑顔を作ろうとしたが上手くいかない。

「ああ、俺は楼蘭族だな」

 赤銅色の肌には呪学的な刺青がいたるところにある。 きっと服の下の体も同じなのだろう。 黒っぽい茶色の髪は逆立つように短くしてあり、顎のしっかりした顔の造作は、アーリア人に近い。

「おれ何も持ってないですけど」

「なに?」

 クロードの言葉に一瞬きょとんとした顔をした男は、クロードの言ったことの意味が分かって豪快に笑った。

「おまえ、砂漠のど真ん中に転がっていたんだぞ。放っておいたら今頃黒こげだった。金が目的なら放っておいたさ」

「良かった。だって小父さん、恐い顔してるんだもん」

 こどもを装って無邪気に笑いかけながら、クロードは油断無く辺りを窺う。 にこやかに笑っている人が腹の中もそうだと信じるにはクロードは経験を積みすぎている。

 人は生活のためにはいくらでも顔を作ることは造作もない。 金が無いのならクロード自身が商品になる――つい、この間あったことだ。

「おれ、仲間とはぐれてしまったみたいなんだ」

「そうか、俺がおまえを見つけたときにはおまえは一人きりだったな。おまえ、サラマンダーに襲われたんだろうぜ。奴の痕跡があった。お仲間は今頃奴の腹ん中かもな」

 言ってしまってから、男はしまったという顔をしてクロードを見た。

「俺の名前はザックだ。一人で案内人をしている。まあ、はぐれもんだ」

「ザック、おれを助けてくれてありがとう。おれはクロード」

 ああと頭をかきながら差し出したクロードの手を握る男は「さっきは済まんな。つい言っちまって」と頭を下げた。

「ううん、その可能性の方が高いんだろ? でも、そのサラマンダーって何?」

 さらっと言うクロードと名乗った少年の様子にザックのほうが驚く。 見知らぬ男に助けられて、自分の仲間はバケモノの腹の中かもしれないと聞かされたのにこの落ち着きようは一体なんだと思う。

 見た目は、こんな細っこい体で旅をしてきたなど嘘のような少年。 着ている服はそれなりに年季がいっているようなんだが、どうにもそこらにいる子どもと同じに見えない。

 ともかく。

「飯、食うか?」そう言って取り出したのは動物の干し肉と固焼きしたパンだった。

「ありがとう、ザック」

 受けとって口に入れると味も何もついていない。 肉独特の匂い鼻につくが取りあえずお腹はふくれそうだった。

 ザックは干し肉とパンを何も言わずに食べる少年を見て少し見直した。 それは、楼蘭族以外でこの食事を文句も言わず食べる人間はあまりいないからだ。 確かに味付けは薄い。 だがそれは理由がある。 塩気を効かすと喉が乾く。 水はここでは貴重なのだ。 それに塩分を効かさなくても砂漠では腐る心配は無い。

 そして、煮炊きをするのは昼間だけに限る。 なぜなら――。

「松明以外で火を焚くのは非情に危険なんだ」

 ザックは硬いパンを飲み下そうと四苦八苦している少年を見ながら話し出した。 一緒に行くにしても、別れるにしてもこれは知っておかなくてはならない。

「夜に地上で火を使うとその熱を感知してサラマンダーがやってくる」

「熱?」

 ああ、だからアウントゥエンが火を吹くのをラドビアスは止めようとしたのだ。

「サラマンダーはとんでもなくでかいトカゲだ。砂漠の地下に棲んでいる。夜になると獲物を求めて地上すれすれのところを移動している」

「それで熱を感じると」

「大きな口を開けていくつにも分かれた舌で獲物を引き込んで食べる」

 だから、と言ってザックは自分のせいのように黙りこんだ。 おまえの連れは生きていないだろうと言外に語っていた。

「そういうことか。ザック、ありがとう」

 心配しているザックの気持ちを知ってか知らずか少年は笑顔を向けた。

「この先、何に気をつけないといけないか教えてよ、ザック」

「おまえ、恐くないのか? いや、それより連れのこと、悲しくないのか?」

 平然としている少年がほんの少し気味悪くなってザックは語気を強めた。 そのザックの様子に少年は薄笑いで応える。

「おれの連れはなかなかしぶといからね、たぶん大丈夫だ。それより、ここから一番近いオアシスってどこなのかな?」

「一人で行く気か?」

「だっておれ、金目のもの持ってないからさ。ザック、金ないと雇えないだろ?」

「おまえ、度胸があるのか、ただ物を知らないバカなのか分からないな」

 ザックは大きなため息をついた。 この砂漠をこの少年が一人で渡れるわけがない。 俺だってただ働きなんかごめんなんだが。 死ぬと分かってるのにこのままこいつを一人で追い出すわけにもいかない。

「くそっ、おまえをここに運んで来るんじゃなかったぜ。次のオアシスまでついて行ってやるよ。その代わり、俺の言うことを聞けよ坊主」

 ザックの言葉に思いがけず、満面の笑みが返ってきた。

「ありがとう、俺の連れに会えれば金は払えるよ。ザック、よろしく」

 なんだか、初めからこうなると分かってやがったんじゃないかと思うくらい落ち着いた少年に、ザックはいまいましく思いながら「分かったよ」と返した。

 まあ、こいつの連れが生きていればの話だが、それは言わないほうがいいだろう。 落ち着いた振りをしていても、こいつはまだまだがきなのだ。 それに実をいうと仕事にあぶれて次のオアシスに行こうとしていた所でもあった。 だが、それは恩に着せておくために黙っておこうとザックは思った。



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