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誘いー6

 クロードの様子にメイファの口元が耳まで裂けたと思うほど上がる。 魔獣の本性がちらりと覗くが、メイファの術にかかっている今のクロードにはそれも好ましく思える。

「俺についてくると言え、クロード」

「メイファに?」

「そう」

「おれ、メイファに……」

 言いかけたクロードの言葉をふっとばすような轟音が外から聞こえた。 その音でクロードがはっと目を見開いて頭を振った。

「おれ、今呪をかけられていた?」

 ちっと大きく舌打ちしたメイファがクロードの首に手をかけたまま、窓を見る。

「もう少しだったのに。来るのが早すぎないか。まったく」

「わたしをまけるとでも思っていたのか、魔獣の分際で」

 低い声の主が、崩れた塀の残骸を跨いで敷地に行ってくるのをメイファが嫌そうに迎えた。

「五百年前は、あんなに可愛かったのに。俺の背中にしがみついてさ。あんとき食い殺しておけば良かったよ」

「過ぎた事をぐちゃぐちゃ言うのは歳を取った証拠だ。魔獣なら獣らしくすることだな、メイファ」

「ラドビアス」

「クロードさま、だから言ったでしょう。その娘は災厄を招くと」

 ラドビアスを見て嬉しそうだったクロードの口が即座に尖る。

「おまえ、いきなり説教かよ」

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ」

 飛び込んできた二人の大男の名前を呼んでクロードは呪を唱えた。

『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』

 一瞬に姿は魔獣に戻り、大きな口が躊躇うことなくメイファの腕を狙った。

「くそっ!」

 メイファがクロードを離してその場から飛び上がる。 天井まで跳んで照明にぶら下がるとそのまま足で弾みをつけて大きく外に飛び出す。 その間に姿は真っ白い豹に変わっていた。

「今度は逃がさない」

 サウンティトゥーダが窓を大きく打ち破って出て行く後をアウントゥエンが火を吹きながら続く。

「わたしたちも早くここから出ましょう、クロードさま」

「それはちょっと無理かも」

 クロードが顔を向けた方へラドビアスも目を向ける。 すると、今の騒ぎで兵士たちが大挙して屋敷を取り囲んでいた。

「突破しますか」

「いや、派手なことをしたら犠牲が大きい」

 クロードが応えたところで、二頭の魔獣が戻ってくる。

「逃げられた」

 しょげる魔獣の頭を撫でてクロードは二頭を人型に戻す。

「おいで、ここは大人しく捕まっておこう。ランケイを連れてきてくれ、サウンティトゥーダ」

「何で捕まる?」

 アウントゥエンが納得できないとクロードを見る。

「ここで逃げようとしたら、あの兵士たちを殺すか怪我をさせるしかない。わざと捕まって隙を見て逃げよう」

「分らん、そんなことをしても良いことにはならない」

 ぶつくさと言いながらも、アウントゥエンは盾になるようにクロードの前に立つ。

「抵抗はやめろ」

 そこで大声を出す警備隊長にクロードはくすりと笑った。

「何もしてないよ。ほら、丸腰だし。おれらは大人が三人に子供が二人だぜ。こんなにたくさんの兵士がいるのかな」

 手を挙げる少年にならって後の大人たちも手を挙げる。

「油断するなよ」と、言われたはずだが、どうやら相手をきっと誤解しているに違いなかった。 自分たちの目の前にいる族は得物を持っていないし、端から戦う気配も無い。

「拘束しろ」

 警備隊長の声に抗う様子も見せず、捕り物はあっさりと終る。 五十人はいた兵士たちも肩すかしをくらったようにお互い顔を見合わせていた。

「そこの少年以外は牢につないでおけ」

 隊長の言葉に男たちが少年を見る。

「いいから」

 クロードの声に顔を向けて睨んでいた大柄な男二人も大人しくなった。

「おまえはこっちだ」

 後ろ手に縛られたクロードは、そのまま領主の本殿の方へ連れて行かれる。 廊下にまで凝った模様を織り込んだ絨毯が敷かれている上を歩かされて、奥にある扉の前で一旦警備隊長は止まった。

「ガルラドさま、お言いつけの子供を連れてきました」

「入れ」短い応えが聞こえて、天井まで届く扉が開いた。

「おまえがクロードか。そこに座らせろ」

 引き倒すように床に座らせられて見上げる先には恰幅のいい、白い絹らしいシャツに赤い丈の長いベストを着た中年の男が大きな椅子に足を投げ出して座っていた。

「この子供を捕まえたらおまえは、わたしのものになるという約束だったな」

「はい、ガルラドさま」

 中年の男の背後からしなだれかかるように手を回しているのは、驚くほど妖艶な若い女だった。 砂色の体に白い艶のある長い髪。 金色に光る瞳、肉感的な大きな唇。

 ――こいつ、メイファだ。

 アウントゥエンが変わることができるのだからメイファも女に変化できるのは驚くにあたらない。 そうは思うが、こいつ色気ありすぎだとクロードは毒づく。

「クロード、逃げられると思うなよ」

 声を出さずに口の動きだけでクロードに話しかけてメイファは笑いながら、太った男の胸元に手を差し入れた。

「おい、痛い。止めろ」

 うっとりとしていた男が慌てた声を上げる。 布地を通して赤い染みが広がった。 身を捩る男の体に手首まで突っ込んだメイファがにやりと笑う。

「さっきの約束は実は反対でさ、あんたが俺のものになるんだよ」

「やめっ……ひいいいっ」

 女のような悲鳴が上がる。

「油っぽくて気持ち悪い体だけど、心臓はいけるかもな」

「うぎゃあああっ」

 口から泡を吹いて暴れる男に構わず、女は男の体を腕一本で押さえつつ男の体内をさぐる。 そして大きく手を振り上げた。「ぶちっ」という腱の切れるような嫌な音とともに噴出す血飛沫。

「手が油でべとべとだ。人間の油は臭いな」

 誰に聞かすでもなく、口をゆがめながらメイファは未だにどくどくと鼓動を繰り返す赤黒い物を手にのせた後、ぐったりとした男を無造作に投げ捨てた。

「分けてあげようか、クロード?」

「いらないよ、そんなもん」

「美味しいのに」手に持ったソレをぺろりと舐めて目を細めたメイファは壮絶に綺麗なんだが、手に持っているのが人間の、しかも今屠ったばかりの心臓とくればただ気持ちが悪いだけだ。

 いくら人間を装ってみても、獣の本性は無くならないということらしい。 クロードを捕まえたら用済みとばかりに、ここの領主を殺すメイファにクロードはぞっとして後ろに足を運ぶ。

「大丈夫だと言ったろ? おまえは食べないよ」

 うっとりと心臓を口に運びながらメイファは笑った。 手も口も顎も流れる血で塗りかえられていくようだ。

「ラドビアスは、おまえを裏切るぜ」

 その言葉にクロードがきつく睨むがメイファは心臓の残りを啜りこんでから、血だらけの口をにまりと上げた。

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