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四季彩カタルシス  作者: 深水千世
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赤いおはじき

 俺には祖母が三人いる。

 一人は父方の祖母。彼女は少し離れた街に住んでいる。

 二人目はひいばあちゃんの親友で凛々子さんという人。血の繋がりはないが、俺の育ての親みたいなもんだ。

 そして三人目が母方の祖母。名前は輝美というらしい。俺のひいじいちゃんが創業した『琥珀亭』というバーで生まれ育ったが、彼女はバーテンダーにならなかった。琥珀亭の常連でもある凛々子さん曰く「強い故に脆い人」だったらしい。

 看護師として働いていた彼女は役所勤めの男と結婚した。だが、すれ違いが続いた結果、別の男と家を出たそうだ。お袋が小学生の頃の話らしい。

 お袋は今でも自分を捨てた輝美さんを許せないようだった。祖父はその数年後に失意のうちに病死したから、尚更なんだろう。彼女の名前を口にするのも嫌なようで、俺は凛々子さんに教えてもらうまで、名前どころか存在も知らなかった。もちろん、顔も知らない。お袋が写真をすべて処分していたからだ。

 そのせいか、どうしても輝美さんを『ばあちゃん』とは呼べず、赤の他人みたいに『輝美さん』と呼んでいた。

 幼い頃、お袋にこう訊いたことがある。


「どうして、うちにはお母さんのお母さんはいないの?」


 子どもはときに残酷だ。

 お袋はそれを聞いた途端、凍りついた。みるみるうちに口を歪ませ、俺を包むように抱きしめる。


「ごめんね、澪。寂しい想いさせてごめんね」


 その声が震えているのに、俺は慌てた。お袋が今にも泣くんじゃないかと思ったんだ。自分まで哀しくなり、慌てて声を上げた。


「大丈夫だよ。僕にはもうばあちゃんが二人いるもん」


 この頃、俺は凛々子さんを『ばあちゃん』と呼んでいた。共働きで夜いない両親の代わりに、よく俺の子守りをしてくれていたんだ。そんな凛々子さんが大好きだったから、俺はすぐに輝美さんのことは記憶の隅から追いやってしまっていた。

 ……高校一年生の春まで、ずっと。


 北国の春は遅い。よくTVで卒業式に桜吹雪が舞っている光景を見かけるが、こっちじゃぬかるんだ雪の中だ。やっと可愛らしいピンクの花が見えるのはそのずっとあとになる。

 俺は高校一年生になったばかりで、夕暮れに染まる桜吹雪を見ながら「高校生になっても何も変わらないな」と実に若さのないことを考えながら帰っていた。

 学校から家へと向かう途中で、両親の働くバー『琥珀亭』に立ち寄った。ちょうど旅行中の両親から、店に郵便物が届いていたら家に持ってくるように頼まれていたんだ。

 バーテンダーをしている親父とお袋は四十を越えても相変わらず仲がいい。お袋は再婚らしく、親父はお袋を射止めるのに随分と奮闘したそうだ。

 その両親が切り盛りする琥珀亭の前で、一人の男が立ち尽くしていた。扉に貼ってある紙を食い入るように見つめている。地味だが、センスのいいスーツ姿だった。


「あの、うちに何か?」


 声をかけると、男が俺をじっと見つめる。少し皺の目立ち始めた四十代といったところか。


「……君は?」


「琥珀亭の息子です。すみません、両親は旅行中で臨時休業をいただいてます」


 そう、今頃は仙台の『宮城峡』というウイスキーの蒸留所を見学しているだろう。親父は子どものようにはしゃいでいるに違いない。

 スーツ姿の男は「そうですか」とため息を漏らし、困ったように眉尻を下げた。


「実は真輝さんにお渡ししたいものがあったんですが」


「えっと、お客さんじゃないですよね? どんなご用件ですか?」


 彼がお袋を『真輝さん』と呼んだことで、俺は眉根を寄せた。大抵の客はお袋を名前ではなく『オーナー』と呼ぶのが習わしだ。もっとも、彼は夕方からバーに押しかけるほどの飲んべえにも見えなかった。

 訝しげにしている俺に、彼はふっと微笑んだ。


「いや、実は私、山根輝彦と申します」


 知らない名前だ。そう思ったのが顔に出たのか、彼はふっと眉尻を下げる。


「真輝さんは、君に何もお話してないんですね」


「何をですか?」


「私は真輝さんの父親違いの弟で、君の叔父にあたります」


「へっ?」


 呆気にとられた俺に、彼は頷いてみせた。


「お願いがあります。この琥珀亭に入れてもらってもいいですか? 一度も会えなかった祖父のバーを見たいと、ずっと思っていたんです」


 そうか、俺のひいじいちゃんは彼にとってはじいちゃんか。戸惑いつつ、俺は黙って頷いた。


「ありがとう」


 そう言って目を細めた顔に、目が奪われる。その目もとが、どことなくお袋に似ていたからだ。

 俺は鍵を開けて、誰もいない琥珀亭に彼を通した。呼び鈴の乾いた音の中、彼はおずおずと足を踏み入れる。


「ここが……琥珀亭か」


 辺りを見回す彼は、言葉を詰まらせた。じっと立ったまま、分厚い木目調のカウンターを見つめている。しばらくすると鼻をすする音がした。彼はにじみ出た涙を必死に堪えているようだった。


「あの、うちのお袋に渡したいものって何ですか?」


 おずおずと問うと、彼は慌てて顔を手で拭いながら気持ちを落ち着けた。深いため息を漏らし、スーツの内ポケットから何かを取り出す。


「これを、渡してください」


 受け取ってみると、それはピンクの小さな巾着だった。和風の柄で手縫いのようだが、なんだか古ぼけていた。中にはなにやら固い物が幾つか入っている。


「母の形見です」


 絶句した。おいおい、ちょっと待てよ。それってつまり、俺のばあちゃんはもう死んでるってこと? 聞いてない! 頭の中ではパニックになった自分が喚いているが、言葉にならない。

 ぽかんと口を開けたままの俺を見て、彼も俺の心中を察したらしい。流石に驚いたようだった。


「本当に何も聞いてないんですね。先月のことです。真輝さんには電話で報告したんだけどな」


 そして、暗い表情で床に視線を落とす。


「まぁ、当然か。真輝さんにしてみれば」


「あの、聞かせてください」


 思わず、俺はそう口走っていた。


「孫の俺には知る権利がありますよね。祖母がどんな人で、母と何があったのか。でも、母は今でも祖母の話をするのは辛いみたいなんです。だから、あなたの口から聞かせてください」


「……私が話したって内緒にしてくれるなら」


 輝彦さんは、しばらく考えた末にそう言ってくれた。


「母が私の父と一緒になった細かい事情は、本当はよく知らないんです。本人はあまり話したがりませんでしたから、これは父が聞かせてくれた話です」


 そう前置きしてから、彼は語り出した。


「母の輝美は看護師でした。祖父にはバーテンダーになるよう言われていたようですが」


 彼の静かな声が、薄暗い琥珀亭に響く。


「母は仕事ばかりの祖父を嫌悪していました。ですが、夜勤続きで夫を家に置き去りにしていた自分は結局、祖父と同じだったと嘆いていました。真輝さんの父親はそんな母を黙って許していたそうです。だけど、母にはそれが辛かったらしくて」


 思わず俺は口を挟んだ。


「どうしてです?」


「子どもの頃から妻と子よりバーを優先させる祖父が許せなかったそうなんです。ですが、いざ自分も大人になると、看護師としての生き方を捨てきれない。家でじっと待つ夫が自分の母のようで不憫で、申し訳なくてたまらず、そういう気持ちがいつしか母を追い込んでいったようです」


「そうだったんですか」


「私の父である和彦と出逢ったのはその頃だそうです。私の父は母の勤める病院の医師で、ちょうど開業するところでした。母を引き抜こうとしたのが、二人の馴れ初めでした。共に働くうち、父は母に惚れ込みました。最初のうち、母は頑として受け入れませんでしたが、父はこう言ったんだそうです」


 一呼吸置き、彼はそっと呟く。


「『彼を苦しめていると思う気持ちが、君を苦しめる。同じ志を持つ私となら気にしなくていいよ』とね。母は脆い人だったかもしれませんね。真輝さんの父親の愛情の重さから逃げたんです」


 俺は呆気にとられて聞いていた。


「だって、お袋がいたじゃないですか」


 幾分、腹が立っていた。愛情を寄せられることの何が苦痛なんだ。娘を残して去ることには何の苦痛も感じなかったのか? 俺はお袋の気持ちがわかるような気になっていた。

 輝彦さんが小さなため息をついた。


「母は真輝さんを連れていこうとしたそうです。けれど、彼女は泣いて嫌がった。それは子どもにしてみれば当然なんですけど、母にはいつも家にいない自分への罰のように感じたそうです。母への愛情はないのだ。いつか、自分が父親を嫌うように、彼女も自分を嫌うだろうって」


 荷物を持って出ていこうとする親を引き止め、結局置いていかれたお袋を想像し、俺は唇をきつく噛んだ。


「それで、母は一人で家を出て、和彦と結婚するに至りました。祖父母や真輝さんの父親とどんな経緯があったかは和彦も知りません。ただ、母は二度と琥珀亭に足を踏み入れることはありませんでした。晩年の母が言うには、自分が欲しかったのは『同志』だったそうです」


 意味がわからず眉を上げると、彼はゆっくりとこう言った。


「私が思うに、真輝さんの父親のような愛情は自分を盲目に信じているようで怖かったんでしょう。少しでも彼をがっかりさせたくない気持ちから、彼女は必死に仕事の合間によい妻になろうとしたそうです。けれど、それが彼女の呼吸を止めてしまった。彼だって自分と同じように働いている。なのに、家まで守ってくれる。そんな夫に引け目を感じることが増えたそうです」


 輝美さんという人は、真面目すぎたのかもしれない。いや、甘え下手と言うべきか。


「ですが、和彦は母にとって戦友のようなものでした。同じ職場で同じ意志を持って働ける、同志。互いの背中を守りながら、平等にいられる。そう思うと、涙が止まらないほど、彼女は追いつめられたんです。だけど、たった一つの心残りは真輝さんでした。母はよく、これを出して眺めていましたよ」


 輝彦さんは俺の手から巾着を取ると、カウンターに中身を広げて見せた。

 袋から出てきたのは、五枚のおはじきだった。青、赤、緑、黄色、そしてピンクの、ありふれたおはじきだ。


「これは真輝さんのものです。家を出るとき、母は真輝さんの代わりにこれを手にしたんだそうです。何故、これを選んだのかは私も知りません」


 俺はそっと赤のおはじきをつまんだ。ひんやりした感触が、俺の指で温もっていく。


「これは真輝さんにお返ししたいと思っています。母がこれを最期まで枕元に置いていたのは、真輝さんへの想いがあるからだと信じているからです」


 そう言うと、彼は巾着におはじきをしまいながら、しんみりと言った。


「私は真輝さんをお姉さんと呼べる日が来るのを待っています。彼女の母を占領した私が言うのも虫がいい気がしますが、祖父母と過ごした彼女が羨ましい。もっと彼女と話をしたいんです。だって、せっかく姉と弟として生まれたんですから」


 俺は小さくため息を漏らした。


「俺には何て言っていいかわかりません。それはお袋が決めることです。いつか、お袋があなたに会いたいと思う日がくるのを祈ることしかできません。それから、このおはじきを渡すことしか……」


「ありがとう」


 彼は寂しげに微笑み、立ち上がった。


「これだけ伝えてください。母の部屋にはいつも真輝さんの写真があったってね」


 扉に向かいながら、彼はそう言った。

 別れ際、俺はちょっと躊躇ってから彼に頷いてみせた。


「いつか、あなたのことを叔父さんと呼べるといいです。俺も、あなたの中に祖母を見つけられたら嬉しいから」


 もう祖母と直接会うことは叶わない。けれど、彼の面影や仕草、性格に一度も会えなかった祖母の匂いがあるのだろう。

 彼は初めて破顔した。


「えぇ。そのときは君の従兄弟にも会ってやってください」


 去りゆく彼は、何度も振り返って俺に手を振ってくれた。角を曲がるまで、名残惜しそうに。

 残された俺は古ぼけた巾着を見つめる。たった五枚のおはじきが、もの凄く重く感じた。


 お袋たちが仙台から帰ってきたのは翌日だった。


「お土産があるからおいで」


 そう言われた俺は、両親の部屋に入る。彼らはスーツケースから衣類や洗面道具を取り出していたところだった。


「これね、『ずんだ餅』よ。すごく美味しいの」


「宮城峡はよかったなぁ。また行きたいな」


 まるで修学旅行から帰ってきた学生のような両親に呆れながら、あぐらをかいて座った。


「お袋、客が来てたぞ」


「あぁ、やっぱり? 悪いことしちゃったわね」


 そう言って眉をひそめるお袋は、なるべく仕事を休みたくないタイプだ。多分、今日も旅の疲れを無視して店を開けるんだろう。


「いや、バーの客じゃないよ。山根輝彦さんって人」


 俺の言葉で、その場の空気が凍り付いたようだった。お袋は固まったように動かなくなり、親父は僅かに眉を寄せていた。


「どんな用事で?」


 口を開いたのは親父だった。いつもより緊張した口調に、彼も事情を知っているんだと察した。ということは、知らないのは俺だけということだ。ムッとして、思わず口調がきつくなった。


「ばあちゃんが先月死んだんだってな。親父たち、知ってたんだろ? なんで俺には言わないの。俺は孫だぞ。会ったことなくても孫だぞ」


「ごめんね」


 今度はお袋が口を開いた。


「あの人の話をするの、今でも辛いのよ」


「そうだろうけど、でも、そうじゃないだろ」


 説明できない苛立ちを覚えながら、俺はポケットからあの巾着を取り出した。


「これ……どうしたの?」


 お袋は巾着を一目見ただけで、明らかに様子が変わった。いつも芯の強い母親がこんなに狼狽えているのを、俺は見た事がない。


「その人が置いていったよ。これ、ばあちゃんの枕元に必ずあったんだって。部屋にはお袋の写真がいつも飾ってあったって伝えてくれって」


 息を呑む音が響いた。お袋の震える手が伸び、そっと巾着を開く。華奢な手のひらに五つのおはじきが転がった。


「……あの人が持ってたの?」


 自分の実の母を『あの人』と呼ぶお袋が、なんだか痛ましくなってきた。ふるっと涙が大きな目に滲んだ。


「この巾着の布地、私の七五三の着物だわ」


 彼女はうわずった声で呟いた。


「着物をほどいて、私に浴衣用の巾着を作ってくれたことがあったの。でも、私は嫌だって使わなかった。友達と同じ赤がいいって我がまま言って……。それは近所の子にあげちゃったけど、きっと残りの布地で作ったのね」


 お袋がそういう昔話をするのは初めてだった。

 彼女は五つのおはじきをテーブルの上に移した。何をするかと思ったら、青いおはじきを人差し指ですっとテーブルの中央に寄せる。


「青いおはじき、お父さん」


 歌うように、彼女は言った。次いで、赤いおはじきを青いそれからちょっと離れたところに動かす。


「赤いおはじき、お母さん」


 次は緑と黄色のおはじきを青と赤の下に置く。


「緑と黄色のおはじき、おじいちゃんとおばあちゃん」


 俺は呆気にとられてお袋を見た。窓からの光を浴びるその横顔は、幼い少女のようだった。四十を越えた母親が一気に子どもにかえって見えたんだ。

 そして最後にピンクのおはじきをパチリと四つのおはじきの真ん中に置いた。そして少し呼吸を置いて、静かに囁いた。


「私はピンク……お母さんの好きな、ピンク色」


 そう言うと、彼女は嗚咽を漏らした。親父が震える肩を抱くと、頭を寄せたまま泣き続けた。


「よくこうやって、おはじきを並べてたの。そうすると、あの人が嬉しそうだったから。仕事ばかりだったけど、一度だけお祭りに連れて行ってくれたの」


 美人で評判のお袋が、子どもみたいにくしゃくしゃに顔を歪ませていた。


「くじ引きをして、おはじきが当たってね、嬉しくて。帰ってすぐ、遊び方を教えてもらって。でも本当はお母さんと一緒に出かけたことが嬉しかったのよ」


 俺にはわからない。お袋がどんな思いで自分を置いて去った母親と向き合ってきたか。ただ、好きだったからこそ、ここまでこじれてしまったんだということだけは理解できた。……だってさ、お袋の一番好きな色は赤なんだ。

 思えばお袋は、どんなに忙しくても俺に愛情を示すことを惜しまなかった。だから俺は両親が夜の間いなくても、寂しいと思ったことはない。だけど、それは、本当はお袋が母親からして欲しかったことなんじゃないかな。なんとなく、そう思った。

 お袋は泣き止むと、申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。大事なことなのに、話してなくて」


 ばあちゃんが死んだことだろう。俺は「もう、いいよ」と呟くしかなかった。お袋の痛みはお袋にしかわからない。

 ふと、お袋は立ち上がり、戸棚から一枚の葉書を取り出した。ちょっと咳払いをし、電話を取る。葉書を見ながら番号を押し、電話を耳にあてたお袋がこう話し出した。


「もしもし、山根様のお宅でしょうか」


 俺と親父が顔を見合わせる。気のせいか、親父の顔はどことなくほっとしたものだった。まるで、「もう大丈夫。いつか大丈夫」と俺に無言で伝えているようだった。


「留守にしておりまして、失礼しました」


 電話に出たのは輝彦さんだったようで、お袋はしばらく何事か話し込んでいた。そして、最後にこう言ったんだ。


「えぇ。是非いらしてください。祖父母も喜ぶと思います。その代わり、聞かせてください。母が一人の女として、人間としてどう生きたかを。今までは母としてしか見れませんでしたけど、きっと違う視点で見れる気がするんです」


 俺はその背中を見ながら、ふっと口許を綻ばせた。

 きっと近いうち、輝彦さんは琥珀亭のカウンターにいるだろう。母に輝美さんのことを聞かせ、母はひいじいちゃんたちのことを話している姿が浮かんだ。

 そして、俺には『叔父さん』が増える。あぁ、従兄弟もね。

 明日は凛々子さんのところへ行こう。俺の二人目の祖母は、なにかと輝美さんを心配していたからね。ひいじいちゃん達はもうあの世で輝美さんと再会しているだろう。

 俺がいつかあの世に行ったら、迷わずこう言うんだ。


「輝美ばあちゃん、俺にもおはじき教えてよ」


 そのとき、俺は誰を何色にたとえるんだろうな。

 赤いおはじきは窓からの光を受けて輝いていた。まるでそれが涙を浮かべているように見える。


『赤いおはじき、お母さん』


 そう呟いたお袋の声がいつまでも耳に残っていた。窓の外では桜がはらはらと舞っている。お袋にこびりついたわだかまりが少しずつはがれ落ちるように。

 『お母さんの好きなピンク色』をした花びらは、ひどく切なく見えたよ。

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