中編
義務教育として、娘の愛美に家でラノベを読ませている。なんて楽な育児なんだ。
「ねえパパ。もし私が暗殺者だったらどうする?」
てっきり、委員長の息子と結婚したい――とか言いだすんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
「なんだ、そんなことか。ちゃんと足は洗ったのか? 組織は壊滅しておいたか? 黒幕の息の根は止めたか?」
まるで、手は洗った? ハンカチは持ったか? と聞く父親のようだ。とっさに父親らしい言葉が出てよかったと、愛美に向かって微笑んだ。
途端に、愛美が体をブルっとした。困ったような顔をしているがどうかしたんだろうか。
前世の分も合わせて、ラノベを読み尽くした俺は百通りの展開を予想している。いや、数えたことは一度もない。
もし、愛美が本当に暗殺者ならば裏社会に詳しいのは愛美の方だろう。
親子のなにげない会話を続けたいと、娘が興味を持つような話題を投げた。
「武器の密輸とか、スパイとか、マネーロンダリングとか、反社会的勢力の動きとか……どうなんだ? 愛美」
「今のところは大人しい……。だけど、パパが言うならチェックしておくね」
会話のキャッチボールができている。これはめちゃくちゃ親子らしいんじゃないだろうか。俺は嬉しいぞ愛美。
「パパは……、私を裏切らない?」
「なんだ? 育ての親が黒幕で孤児院を経営していて、子供を暗殺者に育てていて、大麻の栽培と人身売買に手を出して、最後は燃えて爆発したのか?」
愛美はパッチリした瞳を潤ませて、しきりに拍手し始めた。
「すごい。ゴッドファーザー……」
「おいおい、そんなに褒めるなって。愛美」
照れくさくて、愛美の丸い頭を撫でくりまわしてやった。
「俺の娘はかわいいなー」
ラノベを手にしたままの愛美を持ち上げて、高い高いをした後、スーパーマンごっこをして遊んだ。
俺はこれから、愛美がどんな娘に成長するか――娘の将来のことを一通り考えていた。
父親の俺に恋をするかもしれないし、突然、グレてギャルになったり、組織に誘拐されて行方不明になったり、ろくでもない男たちと繋がりを持って、幼なじみの彼氏を振るかもしれない。
もしかしたら、いつか――異世界に召喚されるかもしれない。そう考えていた矢先だった――。
楽しい学校生活を送っていた俺たちは、光に包まれ異世界に召喚されることになった。
「ようこそ、異世界へ。私は王女のパルーンです。ところで、異世界人の皆様……どうして、目を閉じて耳を塞ぐのですか?」
この国の王女らしき声が聞こえる。
ラノベ愛好家の俺たちの心は一つになった。
――淫乱王女に魅了されて洗脳されたら、優等生といじめっ子が勇者になって、追放されたいじめられっ子がダンジョンに置き去りにされて、覚醒してしまう!
俺は試しに、目を開けて耳から手を離したが、魅了されると分かっていれば、効果はないようだ。
俺のクラスにいじめはないが、ラノベに憧れて――いじめっ子といじめられっ子になりきっている奴らがいる。なりきりといえば優等生や委員長もそうだ。
「おい、ここが異世界って本当かよ?」
「ええ。そうです」
いじめっ子――齋藤颯太がクラスメイトを守るために矢面に立った。颯太は強面だが、本当はいい奴なんだ。
颯太だけに辛い思いはさせないと、優等生――佐伯麻人が王女に颯太の非礼を詫びて、会話に混ざる。
「初めまして、王女様。僕の名前はサートと申します。この度は、サイターが失礼をしました」
「おほほ。元気でよろしくってよ。サート」
偽名を使うことも忘れない。鑑定というチートに関しては、すでに対策してあることだろう。
「委員長、須藤。俺は今まで異世界を何度も救ってきた。ステータスの偽装もしてある。二人の子供を俺に預けてくれないか。絶対に守り切る……」
異世界召喚帰り、やれやれ系主人公――加藤蓮が黒装束に身を包み、気配を消した状態で話しかけてくる。
俺と委員長は、彼がアイテムボックス持ちであることを察して、うなずき返した。
蓮は異世界召喚帰りを信じてくれたクラスの皆に恩を感じている、義理堅い男だ。蓮。どんな経歴でもお前は――俺たちの仲間だ!
「俺を信じてくれて、ありがとう。二人とも。俺は陰でクラスの皆を全力でサポートする」
娘の愛美と委員長の息子――東雲八雲は大人しく親から離れていく。
「また会えるさ、愛美」
「八雲をよろしくね。加藤くん」
蓮が二人の子供を抱き寄せると、一瞬で姿が消えた。
後の俺たちに残された課題は、いじめられっ子覚醒計画だ。
さっそく、颯太といじめられっ子――羽佐間弥刀には不仲を演じてもらった。憧れの場面が再現できて、二人はとても楽しそうである。
優等生の佐伯には、王女の傀儡を演じてもらう。ところどころで、蓮のサポートが役に立つ。
予定通り、念願のダンジョンに置き去りにされた弥刀。一芝居を終えた颯太は笑顔で、穴に落ちていく彼に手を振り見送った。
ラノベ知識でそれぞれの職業を極めていく俺たち。王女パルーンらとの一大決戦の日が近づいてきていた――。