93.ロザック旧市街・遭遇 後編
イビルが回復し、ロザック旧市街の中へ進むことにした俺たちは、その光景に思わず息をのんだ。
魔剣士の男の言葉以上に人は無く、かつて栄えていたはずの面影すらも感じることが出来ないくらいの廃墟が、至る所に広がっていた。
アーチ状の門から入った先も、アーチ状の建物が多く建ち並んでいて、教会や修練所といった多くの人が集っていたような広場が、今は見る影もない程に朽ちている。
「こ、ここで休んでいこうと思っていたけど、どうしようか?」
「ボ、ボクは疲れていないし、進んでもいい!」
「ライゼルちゃんがどうしてもって言うなら……でも、それならあそこにいる人に何か言った方がいいのかしら~?」
「えっ……? 人? ど、どこに?」
「うふふ……ほら、教会の所に人影があるの~」
人の気配なんてまるで感じられなかったのに、イビルには分かるのだろうか。
ノワは気付いていなかった? それともイビルだけが分かる特別な何かが……?
「とにかく教会に近づいて確かめてみるしか……」
「ええっ? ボクは行きたくない。イビルの気のせいじゃないの?」
「あらあら~? 怖いの?」
「こ、怖くない……」
「いいのよ~? 誰にだって弱点はあるものなの~」
廃墟の街に怖さを感じてしまうのは仕方が無いことではあるけど、イビルにはそれが全く無いのか。
人影と言っていたがユーベルかもしれないし、魔剣士なのかもしれないだけにどうするか。
「あら? 近づいて来たわね~」
「ひっ……」
「だ、大丈夫だから。ノワは俺の傍に……」
アンデッドを作り出すことが出来る死霊術師なのに、正体不明の人が怖いのか。
『おお! 誰かと思えば、ライゼルじゃないか!!』
この大きい声はもしかして、アインなのか。
崩落してしばらく経っているし、だいぶ差がついたと思っていたのに、ここで会えるとは思ってもみなかった。
「ほら、ノワ。アインだよ。ロードテアで会ったことがあるんじゃないかな?」
「……アイン?」
「忘れているのかもしれないし、とにかく話をしよう」
「……」
どういうわけか、ノワは首を傾げている。
アインの話ではロードテアでの馴染みと聞いていたが、もしかすればノワの両親と親交があってのことなのだろうか。
イビルの表情を見ても、彼女からは特に変わった様子は見られない。
「よくここまで来られたものだな! 崩落してからすぐに来られたのか?」
「いえ、それなりに大変でした。アインはここで何をしているんです?」
「なに、皆が先を急ぐと言って先に進まれてしまったのだが、俺はたとえ廃墟と化した街でもじっくりと眺めていたいものでな。あいつらをこの先で待たせているわけだ! ははははっ!」
「そうなんですね。あ、ところで……」
「ふむ、ライゼルにも仲間がいるのだな! エルフの彼女だけでは無かったのか。大人な女性に子供か……いいではないか! 楽しそうで羨ましいことだ」
「――え?」
外見と話し方、それに声は確かにガルコットで出会ったアインそのものに見える。
しかし話が嚙み合わない気がするのは、どうしてなのだろうか。
「……あの、あなたはアインですか?」
「何を今さらなことを言う?」
「では、何故この子のことが分からないんですか? この子のことを心配していたじゃないですか!」
「この子供のことか?」
「……知らないんですか? あなたは……いや、あんたは誰だ?」
ノワの警戒心、それにこの男に気付いたのはイビルだけ。
まさか……。
「ライゼル、この男……生者じゃない……」
「わ、分かるの?」
「ボクは死霊術師だから、簡単に分かる」
「ライゼルちゃんとノワちゃんは役に立たないんだから、わたしの後ろに引っ込んでてね~」
「「わわわっ!?」」
咄嗟のことで何が起きているのかすぐには分からなかったが、俺とノワはイビルに掴まれ、彼女の後方に放り投げられていた。
『あ~あ……やはりそうかよ。俺が召喚してやったマンドレイクが、こうもあっさりとライゼルの方に寝返るとはな。使えねえとは思っていたが、そんなもんかよ!』
生きてはいない人間……いや、アンデッドのフィアフル……やはりそうだった。
イビルを囮にして去ったかと思えばこんな所で遭遇するとは、これも予定の内ということか。
「ライゼルの知っているアンデッド?」
「あぁ、うん。彼は俺の友達だった男なんだ。アンデッドで間違いないんだね?」
「……あの男もボクが作り出すアンデッドとは何かが違う……もっと邪悪な感じ……」
邪悪な感じか。
トルエノに滅されてその後どうなったかまでは分からないだけに、一筋縄ではいかない相手なのは間違いが無さそうだ。
「くっくくく……お優しいことだな。ライゼルと正式に契ってもらったから、俺を倒すってか?」
「あらあら、怒っているの~? うふふ、仕方ないかな? 器が小さすぎて見えないからでしょうし」
「マンドレイクが人間みたいな口を聞くとは、それもライゼルの教えか? 下らねえな」
「ライゼルちゃんがあなたごときと戦うことなんて、金輪際無いの~。そんなことも分からない? 分からないでしょうね~? アンデッドのあなたには――」
「けっ、バカが!!」
イビルに放り投げられた俺とノワは、彼女が展開していた綿毛のある植物によって、どこも痛めることなく後ろに手をついて座っている。
フィアフルと対峙するイビルの戦いは、細部まで見ることが出来ない距離だ。
フィアフルの強さは俺より劣ることは身をもって知っているが、果たしてイビルがどこまでやれるのかが分からない。
「……イビル、強い?」
「強いよ。だけど、あいつはアンデッドなんだよね? 俺と戦った時とは多分違うはずなんだ。いくらイビルでも、強さの質が異なると思うし……」
「ボクもアンデッド相手なら強いから、だから、もしイビルが危なくなりそうだったらボクが行く。ライゼルは駄目なの」
「で、でも……」
「あっ!」
「えっ――!?」




