89.迷宮都市リエンガン 7
「そ、そっか、何も覚えていないんだね」
「ライゼルちゃんは記憶力が無いのだし、仕方ないと思うの~! うふふっ!」
「あ、あはは……」
フィアフルが召喚したイビルを倒し、再召喚と完全な契りをしたことで、彼女は俺の元へと帰って来てくれた。
毒舌なイビル母さんは健在である。
敵かと思われたオルモのおかげで、ルムデスの後を追いかけることが出来るようになった俺たちは、崩落した場所からすぐの所にあった村に着いた。
村と言ってもガルコットと同様な作りになっているものの、少し歩くとすぐに薄暗い洞穴に戻るほどの規模でしかなかった。
アインによればこの村にノワがいるということらしいが、すでに彼らの姿は無く、数える程度の木造小屋が少し見える程度だ。
「あらぁ~? あらあら、ライゼルちゃん。誰の子を産んでしまったのかしらね。もしかしてアサレアちゃん? それともルムデス?」
「えっ?」
「それともどこかの馬の骨の子かしら? もしかして内緒の話なの~? 分かったわ、後でみんなに言っておくわね~! うふふ」
「ええええ!? ち、違うからね? というか……」
イビルの足元にしがみついて離れない子供をよくよく見ると、寝起きなのか、髪がボサボサ状態のままで体当たりして来たようにも見える。
「ううーん……? ま、待ちくたびれたぞ! ボクをほったらかしておいてどこに……な、何だ、お前!!」
「あらあら~」
「ノワ……だよね? もしかしてずっと寝ていた?」
「わ、悪いのか? ボクはお前と一緒に行くって決めたんだ。だから待っていたのに、来ない、来ない!!」
「ご、ごめん」
「そ、それで、このデカ女は何なんだ? 人間じゃないことくらい、ボクにも分かるぞ!」
その辺りはさすが、死霊術師といったところか。
イビルを再召喚したとはいえ、蘇生のようなものだったし、その辺で分かるのかも。
「――そんなわけで、彼女はイビル・ムッター。俺が召喚したマンドレイクなんだよ」
「ふーん……? 強いのか? 弱いのか?」
「えーと……」
「うふふ……! 見た目通りのお子様なのかしら~? でもね、ライゼルちゃんの為に頑張らなくてもいいのよ?」
「ボ、ボクは別に」
「うふふ~どうせ役に立ってないのだし、立っているのだとしたら、それはライゼルちゃんだけなの~!」
毒舌が強化されている?
それともいつの間にか仲間が増えたことによる嫉妬とか、そういうことなのか。
「そ、それはそうと、ノワが寝ている間に何か無かったかな?」
「何かって何だ」
「だ、だから、アインに何か言われたとか」
「ボクはずっとそこの小屋で寝ていただけだぞ。アインとは会ってもいない」
「……え? 会ってない? 一回も?」
「うん。ライは会ったのか?」
「ノワがここにいるって聞いてたから、ここに来ればと思ってたんだけど……そ、そうなんだ」
「ふぅーん……? じゃあ行こう?」
「あ、ここはもういいのかな?」
「よく寝たから、ボクは役に立つ!」
イビルに言われたことを気にしているのか。
それにしても妙だ。アインの話では、ノワに面識があってロードテアの死霊術師ということも分かっていた。
それなのに肝心のノワ本人は、アインにすら出会えていない。
単なる思い過ごしなのか、それとも……。
「ライゼルちゃん、どこへ進むの~?」
「と、とりあえず、リエンガンって都市に行きたいんだけど……」
「うふふっ! そういうことなら、進んじゃっていいのね~?」
「へっ? 道を知ってるの?」
「微かに覚えているのだけれど、印象の薄い男と立っていた所は、こことは違う場所だったの~! きっと全然違う所に行けると思うの」
「そ、そうだね。それじゃあ……」
フィアフルに召喚されていた時のことを覚えているとか、イビルはやはりただの植物妖精じゃない。
「むー……ライ……ライゼル」
「うん? どうかした、ノワ?」
「その植物女が好きなのか?」
「い、いや、そういうのじゃなくてね……」
「ライゼルが好きなら、ボクも好きになる……」
ノワの感情は間違いなく、幼い恋心のようなものに近い気がする。
死霊術師とはいえ素直な女の子に違いは無いし、イビルに懐いてくれればいいんだけど。
「あらあら~? どうしたの~?」
「ボ、ボクは……」
「うふふふ、緊張しなくていいのよ~? 誰もあなたのことは見ていないの~」
イビル母さんの本領発揮なのか。
それともノワの気配に警戒でもしているのだろうか。
「やっぱりいい! ライゼルだけでいい!!」
「あらら~?」
毒舌はともかく、こんな落ち着いたやり取りなんていつ以来なんだろうか。
イビル母さんの力も以前より上がっているとすれば、この先にいる魔剣士にも力を使ってくれそうだし、リエンガンにも一層近づける気がする。
「それじゃあ、イビル。先に進みたいんだけど、どこかな?」
「ライゼルちゃん、マリムちゃんを呼んでくれる~?」
「え? 土精霊を?」
「早くしてね~? 頼んでいるんじゃなくて、命令しているの~」
「は、はい……」
とにかくこれで、迷宮都市に一歩近づけそうだ。




