87.迷宮都市リエンガン 5
過去の記憶を思い起こせばアフルという男は、同じ召喚士を目指した友でありライバルだったと認識している。
召喚の暴発そして不運が重なり、その時召喚されたトルエノによって滅された挙句、俺の記憶から封じられていた男だ。
精霊試練の最中、過去を遡った時に彼のことをようやく思い出し、過去の呪縛と共にアフルは闇黒から解き放たれ、闇黒から光に還ったと安堵していた。
それが何故ここにいて、俺と戦おうとしているというのか。
後がない崩落の壁が背後にあり、前方を見ればそこにはアフルの姿とガルコットに戻る道が見えている。
俺の目の前には、アフルが召喚した獣が禍々しい牙を見せながら、今にも襲って来そうな気配を漂わせている。
「……どうしたよ? まるで亡霊でも見たかのような顔だな」
「何故召喚が出来るんだ……?」
「俺も召喚士だ。昔はまだそうじゃなかったけどな! それより、ライゼル……お前は召喚しないのか? しないなら、遠慮なく仕向けさせてもらう」
「――!」
――刹那。
アフルの念じによって、獅子に似た巨体の獣は口を大きく開き、狂ったように吼えた。
その直後のことだ。
ゴォオォッ!
背後の岩に叩きつけられそうな暴風が聞こえると同時に、獣は俺に向かって襲い掛かって来る。
巨体でありながら、宙を駆ける様にして風に乗って向かって来た。
召喚魔法陣で直ぐに獣を召喚していたアフルと違い、俺は召喚の言を唱えておらず、ただ目の前の獣を眺めることしか出来ない。
召喚する余裕すら与えて来なかったというのが正しいが、そのまま眼前に迫る獣の爪と牙を避けることが敵わない。
そうして獣が襲い掛かって来た時だった。
自分の全身から目に見えない炎精霊フレイムが顕現し、獣を瞬時に燃やし尽くしていた。
精霊の彼女は声を発さず、獣を消すと同時に俺の中に戻っていく。
「……ちっ、やはりそうかよ。ライゼルには通用しないってわけか」
「俺はもう、昔の俺じゃない」
「だから避けなかったとでも? 避ける場所があろうと無かろうと、召喚で反撃出来るはずだろう?」
「アフルを攻撃する意味が無いし、する必要も無いんだ」
「――つまり、殺す価値も無いってことか?」
「それは違う。でも、フィアフルが望むのが”死”なのだとしたら、俺は君を光に還したい」
「俺を光に還す? へっ、何を言うかと思えば、甘い奴だな……俺は闇黒にいた悪魔から、お前のことは聞いているんだぜ? 罪深いことをして来たくせに、何を今さらなことを言ってやがる!」
「それもよく分かっているんだ……君を消した時から、罪を背負ってしまったから、だから……」
ロランナ村での召喚試験のあの日から、友人であるフィアフルを滅した俺が出来ることは、多分そういうことなんだ。
彼が望む決着とは違っても、神聖の光で友を完全に還す。きっと母さんや父さんもそれを望むはず。
「ふん、それがお前の答えかよ」
「……フィアフル。俺は――」
「それにしてもここまで力の差があるとはな……俺が召喚してもお前は何もしないし、動こうともしない。挙句の果てには、この俺を光に還すなどとふざけたことを抜かすってわけか」
「そうすることが、俺の罪滅ぼしなんじゃないかなって思ってるんだ」
フィアフルは諦めたような表情を見せながら、目を閉じてがっくりと肩を落としている。
このまま互いが傷つかずに終われるなら、それが一番いいはず。
その証拠にフィアフルは、追加攻撃を仕掛けて来る気配を見せずにいる。
ここまで実力差があるとは思ってもみなかったし、きっと彼もそう思っているに違いない。
「はぁ~……分かった。分かったよ、ライゼルの気持ちは良く分かった……」
「そ、それじゃあ――!」
「つくづくムカつく奴ってことが分かった。所詮、貴族出の俺とは相容れなかったってことだったわけだ!!」
「えっ……?」
「ここで決着を付けようかと思ってたが、気が変わった。お前の闇の力ってのが見たくなったし、人質を取ることにした。そうでもしねえと、ライゼルは本気を出せないみたいだからな!」
「ど、どういう……」
出来ることなら彼を還さずにいたかったのに、答えそのものが間違っていたのだろうか。
アサレアはすでに、リエンガンに送ったと言っていたのにまさか……。
『来たれ! 地底に眠るマンドレイク! 我が元に現わし、ライゼル・バリーチェに喰いつけ!!』
そんな、まさか……何故彼女がフィアフルに召喚されるんだ。
イビルがどこにいて、今はどういう状況かなんて気にする余裕も無かったとはいえ、どうしてこんな……。
「くくっ、さっきまで余裕で俺を見下していた態度は、どこに消え失せたんだ?」
「な、何でアフルがイビルを召喚……何で、何で……」
「あん? 何だぁ? お前が召喚していたマンドレイクってことか? そりゃあ悪かったな。だがマンドレイクごときが、たかが召喚士にずっと付き従うとでも思っているのか? 植物妖精なんぞに、そんな心なんて宿ってもいねえよ!」
フィアフルが召喚したマンドレイクは、俺が召喚し一緒に旅をした、イビル母さんそのものだった。
ルムデスが言っていた通りトルエノに力を奪われた時から、契っていた召喚が、全て無かったことにされていたとでもいうのだろうか。
それでもイビルだけは俺が初めて成功した召喚で、言葉を交わしていた植物妖精だ。
だからこそ、契りが消えたとしてもいつでも召喚出来ると思っていたのに、どうしてこんなことになるというのか。
『……召喚士、喰う、喰い尽くす……』
召喚されたイビルは俺といた時のイビルではなく、血肉を求める魔物と化している。
俺といた時の毒舌な彼女では無く、苦痛を求め続ける存在でしかない。
「ソイツの攻撃もお前には効かねえだろうが、時間稼ぎにはなりそうだからな。俺はリエンガンに戻って、ライゼルが来るのを期待して待ち続ける、アサレアって女の所に戻ってやることにした」
「アサレアに何かしてみろ……容赦なく、滅してやる」
「光に還すより、そっちの方がお前らしいだろうが! まぁ、すぐにどうこうはしない。迷宮都市リエンガンには簡単に来られないだろうしな。はははっ!! じゃあな、ライゼル」
「ま、待てっ!!」
イビルの真横に立っていたアフルは、イビルを呼び出した召喚魔法陣の中に沈むようにして、姿をくらました。
あんなことが出来るんなんて、アフルはもう人間じゃないかもしれない……。
「喰う……喰らう……!」
「イビル……俺がもう一度君を召喚するよ。だから、今度こそ――」




