82.召喚士、死霊術師を連れて行く
死の街、ロードテア。
僅かな人間とアンデッドを共生させている死霊術師は、召喚士である俺が出会ったことのない少女だった。
アンデッドを作り出すことで寂しさを紛らわしていたとすれば、叱るに叱れないわけだが……。
いずれにしても、この子は俺が何とかしないと。
「うう~ん……」
「どうやらお目覚めのようですね」
「ルムデスに言っておくけど、この子には手を出さないで欲しいんだ」
「ライゼルさまには何かお考えがあるのですね? ふふっ、わたくしは何もしませんよ」
ルムデスは、すっかり俺の言うことを聞くようになった。
間違ったことを言えば反対して来るだろうが、以前とは明らかに信頼度が違って来ている。
「しょ、召喚士! お、お前、ボクに何をした!? 何で全身が濡れて……」
「大丈夫そうだね」
「エルフが何でここに……や、屋根が無い――あぁぁっ!?」
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、君は――」
「そ、外の様子が変……外、外はどうなって」
「あっ」
話をする間もなく、ノワは外に飛び出していった。
ルナの氷の息によって建物は凍っていたが、俺とノワがいる家の屋根部分は、焔の息によって空が見える程の大きな穴が空いている。
そこからルムデスとルナは降って来たわけだが、氷漬けで眠らされていた彼女にとっては、衝撃的な光景だったに違いない。
「……追わないのですか?」
「んん……」
「街のほとんどが凍り付いている……それを見てあの子がどう思うかですが、ライゼルさまが伝えねば恨みを買うだけかと思います」
「い、行って来るよ。君はルナを見てて!」
「はい」
悪魔を召喚したわけでもなく、俺自身がしたことではないとはいえ、俺が召喚した龍人によって都市が静寂に沈んだのは明らかだ。
住民のほとんどをアンデッドにしていたのがあの子の意図だとすれば、ルナがしたことが正しいこととは限らない。
そう思いながらノワの家を出ると、ルナの息によって全ての建物が凍り付いていた。
アンデッド以外の人間がいると聞いていたが、逃げたのか、周りには何の気配も感じられない。
ロードテア……こうして落ち着きながら歩くと、橋上にありながら、大きい都市であることが見て取れる。
象徴ともいうべき大きい教会、人々が集まって賑やかだったと思しき、整備された街並み。
何かの病が蔓延し、病気になったことで、死霊術師のあの子が何かをしたのだろうか。
『母様、父様……ボクを残してどこに行ってしまったの?』
橋の中央で項垂れる彼女を見つけたものの、どう声をかけるべきなのか。
「ノ、ノワ! え、えーと……」
『召喚士!!』
泣いていたかと思えば、ノワは俺の姿を見つけると、すぐに俺に向かって突進して来る。
すっぽりと収まるくらいの小さな体の少女だったことと、力そのものも強くは無い小さな女の子だった。
「うぅっ……みんな、いなくなった。せっかく、せっかく……グズッ……」
「ごめん、ごめんね……」
『う、うわぁぁぁぁぁん……!!』
何の恨みも無ければ知識もないまま訪れた都市だったのに、まさか女の子を泣かせてしまうなんて思いもよらないことだった。
泣きながらも小さな死霊術師は、ロードテアに起こったことやしたことを俺に話してくれた。
「――そ、そうか。だから追いかけて来たんだ……」
「魂が飛ばない限り、それまでの記憶はその人間に残り続けているの。だから、だから――」
何も知らずにロードテアに来た俺たちだったが、ここはすでに生者のいない都市と化していた。
不明の病によって人々は成す術なく、息絶えてしまった。
それに耐えきれず、死霊術師のノワはアンデッド化を施して歩かせていた。
そこには彼女の両親も含まれていたものの、言葉を話せるアンデッドは、力の強い冒険者ギルドの連中に限らたのだという。
俺もアンデッド化しようとしたのは、街の人間と思っての勢いだけらしいが、アンデッド化することが彼女にとっての使命だと思ってしまったのかもしれない。
「召喚士……責任取る?」
「と、取るよ。この都市で、一人ぼっちにさせるわけにはいかないから……」
「エルフも龍も何もしない?」
「約束するよ。その代わり、むやみやたらにアンデッド化をしようとするのは駄目だよ?」
「しないの! 召喚士、あなたに従うの!」
「お、俺はライゼル・バリーチェ。好きに呼んでいいからね」
「うんっ! 呼ぶの! ライ!!」
「君はノワ……でいいんだよね?」
「ボクはロードテアのノワール・ヴァイス。ノワって呼ぶの!」
一時はどうなることかと思っていたけど、何とかなったかな。
リヴェルナの力がルムデスの上を行く神聖龍だったとか、俺は一体何を召喚したのだろう。
アンデッド化をして都市を廃らせないようにしていたのは、恐らく無意識な行動だった。
それでもノワの想いは理解出来る。
俺の故郷であるロランナ村は、すでに両親もいなく、残っているのは俺を追放しておきながら、世界中に俺のことを広めたギルドの連中だけが村を陥れている。
殺すことはしなかったがために、結局俺への憎悪を高めさせた。
トルエノの力と俺の間違った力でそうなったとはいえ、故郷の村が諸悪の根源になってしまうなんて、あんまりだ。
「ライ? 泣いてるの?」
「いや、泣いてないよ。そ、それはそうと、ノワは生きている人間とそうでない人間を、見分けられるのかな?」
「そんなの当たり前なの!」
「そっか、それなら頼りにしてるよ」
「うんんん??」
召喚士の俺が死を司る死霊術師を仲間に加えるなんて、精霊たちは怒らないだろうか。
しかしこれには狙いがある。
この先にいるアサレア、そして傍にいるという彼のことを知るには、ノワの力が必要になって来る。
「よし、ルムデスたちと合流して進もう!」




