78.邪術都市ロードテアへ
「キア、戻れ!」
「ワウン!」
テイムされた野犬の名前をキアと名付け、ひとまず召喚帰還させることにした。
現状は手懐けることよりも、次に向かうことの方が優先だと思ったからだ。
「初めてじゃありませんか?」
「うん?」
「召喚帰還のことです」
「言われれば確かにそうだけど、テイムされた野犬だったから、改める意味でも一度帰還した方がいいのかなって思っただけだよ。ルムデスは気になる?」
「いえ、ですが元々が召喚じゃなかった獣をも降すなんて、ライゼルさまのお力が増しつつありますよね」
「え、そうかな?」
「はい、間違いなく!」
俺を見るルムデスの翠眼は、明らかに期待に満ちた輝きを放っていて、嬉々とした表情を見せている。
龍人のルナは、バルカ段丘の人々に崇められていて、なかなか解放されないようだ。
長らく魔物の群れによる怯えの暮らしをしていた民たちは、思い思いに、採集を再開しているようだ。
俺たちを襲い、魔物討伐を頼んだ件の男は、迷宮都市のことは知らなかったらしく、代わりに段丘先の都市のことを教えてくれた。
「――邪術都市?」
「ああ。段丘の先にある都市は、ロードテアと言って、橋上で生活している者がいる場所だ」
「そこにギルドは?」
「ギルドが何かは分からないが、あんたのような身なりの者が、多くいるはず」
「なるほど……そこに行ってみますよ」
「これくらいしか知らなくて、すまない」そう言うと、放牧の民たちを引き連れ、彼はバルカ段丘から離れて行った。
都市ということは、それなりに人間がいるだろうし、ギルドもあると見た方がいいのか。
恐れを抱くことではなく、仮にギルドが大なり小なりにあった場合は、俺の素性が知られている可能性がある。
そうなると、俺や彼女たちがゆっくり休める場所が無く、確保が難しい状況ばかりに陥ってしまう。
「ぬうああ~! 人間ばかりで疲れた~!! ライゼル、早く行こう、行こう!」
「はは、お疲れ」
「龍人だからと崇められても、こーまーる~!」
「サーシャは人間がお嫌いではないのですか?」
「我は何も思うことが無いぞ~! うるさければ消すだけだぞ」
「そうなのですね。ですが、ライゼルさまの言葉通りにしてくださいね」
「わ、分かっているぞ~!」
ルムデスとルナは、すっかりと仲良くなったようで、氷漬けで動けなくさせたことがあったせいか、ルムデスには強く言えなくなったらしい。
彼女たちが認めあっていれば、心配の種が芽生えることはないし、このままいて欲しいところだ。
バルカ段丘をしばらく歩き続けていると、高低差が無くなり、気付けば標高の高い場所に出ていた。
放牧の民たちとは逆の方角を進んでいたとはいえ、ここまで光景が一変するとは、想像していなかった。
「海……いや、幅の広い運河?」
「彼らが言っていた通りですね。そして恐らく、アレが――」
「人間はどこにでも暮らすのか? そうなのか?」
「多分そうかな」
話に聞いていた光景が、眼下に広がっている。
黒く濁りのある人工的な運河は、外からの侵入を阻む為に作られたようにも見えていて、その先に進む思いを断たれそうなほど、長い距離となって続いていた。
そんな運河の上には橋が架けられていて、幾つもの建物が、延々と続いているように見える。
「あれが橋上の邪術都市……でしょうか?」
「そうだろうね」
「ライゼルはそこに行くのか?」
「うん、行くよ。運河の先に進まないと、たどり着けないからね」
「何かあってもなくても、我はライゼルに付いていく!」
「わたくしもです!」
「何も起きないのが一番いいけど、まずはあの場所に向かおう」
眼下に見える都市に行くには、橋の架かり始めの所にまで下りていくしか無いみたいだ。
段丘にはいくつかの道が分岐していて、特に迷うこと無く進んでいた結果、今いる場所は、景色を眺めるだけの行き止まりの場所だったらしい。
「来た道が間違っていた、ということみたいですね」
「うーん……眼下に見える道には、どうすれば行けるのやら」
こういう時に、ムルヴがいてくれたらと思うことがある。
しかし今それを求めても、叶わないことも分かる。
「ライゼルさまの風精霊で可能なのでは?」
「いや、結構距離があるし、精霊の力を長く出すには魔力消費が心配になりそうなんだ」
「そ、そうなのですね……」
近くに見えるようで近くない眼下の都市には、黙って来た道を引き返すべきなのか。
それとも――
「ライゼルはあそこに行きたい? 行きたいのだな?」
「そうだね。何か手っ取り早く行けたらって思うんたけどね」
「ふっふん! 我は役に立つぞ!!」
「うん? ルナが?」
どういうわけか、ルナは誇らしげに威勢を見せている。
彼女は召喚した時点で女の子の姿だったこともあり、何を言っているのか理解出来なかった。
しかし、その答えはすぐに判明する。
「むぅぅん! さぁ、我と手を繋ぐのだぞ!」
「わたくしも?」
「もちろんだぞ!」
龍人ルナは力を入れたかと思えば、背中から大きい龍の翼を広げた。
ルナは俺たちの手を繋いだまま、そこから勢いよく駆けて、眼下に見える場所に向かって飛び出した。
「う……うわわわ!?」
「こ、これは!? お、落ちる……」
「ふっふん、しっかり捕まっているのだぞ!」
翼だけ広げただけなのに、どうやらルナのおかげで、地上に降り立つことが出来そうだ。
龍の力が使える彼女の力は、未だ未知の可能性を秘めているのだと、後で思い知ることになる俺たちだった。




