72.ルオンガルドの攻防戦 前編
「……なるほど。ロランナ村では召喚をするほど弱くなっていたと……そしてそれは、過去の呪縛が関係していたということですか」
賢者しかいない町、ルオンガルドの城に案内された俺の目に飛び込んで来たのは、心配そうにしていたルムデスと、安心していたガルダの姿だった。
彼女たちはレーキュリの言った通り、穏やかな雰囲気で座りながら話をしていたようだ。
どんな話をしていたかは分からないが、ルムデスが安心出来ているのも、ガルダのおかげかもしれない。
そんな彼女たちを休ませ、レーキュリさんは俺に、これまで何があったのかを話して欲しいと言って来た。
「いや、でも……その時に亡くなったはずの友達が、どうやら生きていたようなんです。俺はもう何が起きているのかさえ分からないです」
「エインセルを当てている隙に話していた彼女が、心配ですか?」
「それはもちろんです! アサレアはロランナ村で、ずっと一緒にいた人なんですから」
「ライゼルの強さであれば、たとえその旧友が闇黒からの甦りだとしても、光に還すことが出来ると思うのですが……」
「魔剣士には苦戦したのにですか?」
「それは神聖のエルフを守ったからではありませんか?」
その通りだった。
ルムデスと引き離され、彼女に傷を負わせた魔剣士たちを結局逃がし、行く先まで指定されたのはひとえに俺の弱さから来るものだ。
魔剣士のリーダーの姿すらも見ることが無く、逃がしたことへの代償はあまりに高かった。
それにしても闇黒からの甦りなんて、そんなことが出来るのは彼女しか思い浮かばない。
「ルムデスに傷を負わせたのは事実です」
「それならすでに、ガルダによって治っていますよ。それとも、心の内のことを言っているのですか?」
「……」
彼女からの捧げで力を奪ったのも原因だと見るべきだが、俺がもっとしっかりしていればどうにかなる問題だった。
「それがあなたの”闇”というわけですね。エインセルを使ったことで、その気配がここに近づきつつあります。気付きますか?」
「え、闇が近付いている?」
「あなたは確かに神聖のエルフと契り、癒しのガルダをも召喚した。しかし光だけを留めたとしても、召喚士としては未熟。4つの精霊をも従えておきながら、闇にはまだなす術がない。違いますか?」
「は……い」
「そういう意味では、うってつけの相手のようですね」
「え? どういうことですか?」
「エルフとガルダには休んでもらうとして、闇との攻防をして頂きたいのです」
レーキュリさんは別室にいる彼女たちに声をかけて行ったと思えば、すぐに俺の元に戻って来た。
そしてそのまま、誘うようにして城の頂上に案内してくれた。
雲海の広がる高さとはこのことをいうのかと、思わず感動してしまう。
「ルオンガルドは地上から攻められることは無く、一見すると最強の町だったことがうかがえる景色ですね」
「そ、その通りだと思います」
「ですが、空からの襲撃ではどうなのでしょうか」
「え?」
「わたしがここに住もうとした時、城は大して破壊されていなかったのですが、当時ここで守れるほどの者がいたとすれば、召喚士か高度な魔法使いだったと予想出来ます」
「まさかここで戦う気ですか!?」
「もちろんです。ライゼルも召喚で防いでください」
「そんな無茶な……」
レーキュリさんの言うように頂上に上がった時点で、確かに何かが向かって来ている気配があった。
それも複数の気配だ。
「そろそろ見えてくる頃です」
「闇と言いましたが、何者が来るんです?」
「ライゼルが思い浮かんだ闇の主は、かつての味方ではありませんか?」
「そんなことは……」
「いいえ、あなたが常に浮かべるのは彼女です。エインセルも、彼女を思って呼び出したはずです」
闇召喚は基本的に、トルエノから教わった。いや、彼女が傍にいてくれた時に自然と呼び出せた。
しかしその力自体に、トルエノの闇の力が加わっているわけじゃない。
無意識に闇を使う、それだけでも浮かべてはいけないことなのか。
『くくくく……ここに住む人間がいたか。我と戦うつもりがあってここで待つとは、面白いことだ』
あ、あれはトルエノ!?
「どうやらエインセルで作り出した影に気付き、闇黒の影が同じように攻めて来たようです」
「俺のせいで……」
「見覚えのある影に見えるのは、あなたにとってよほどの相手ということになります」
「た、戦うのはあの影の集団……ですか?」
「そうです。神聖のエルフとガルダに気付かれるわけにはいきません。ライゼルは意思を現わし、精霊召喚で防いでください。わたしは魔法を使って対処します」
「ト、トルエノじゃない……だけど、彼女と戦うなんて、そんな……」
本物ではないとしても、俺にはどう見てもトルエノにしか見えない。
そんな彼女たちを精霊召喚で消すなんて、どうしてこんなことになるんだ。
『召喚士ライゼル!! あなたの内なる弱さを、今ここで打ち消すことです。そうでなければ、エルフを守れず、ロランナ村の彼女ですらも守ることは叶いませんよ? あれは影に過ぎません。影に屈するようでは、また同じように苦しむだけです』
うぅぅ……トルエノの影、俺が消す、消さないと駄目なんだ――
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