70.賢者の町ルオンガルド 2
女賢者のレーキュリさんによって、俺とルムデスは頭上に見上げていたルオンガルドの町並みを、ようやく視界に映している。
遠くから見えていた時点で、大きな町だということは予想していた。
それがまさか、崖上にあるとは想像出来るはずも無く、二人で顔を見合わせることしか出来なかった。
「こんな所に住居やお店が……人間はどこでも暮らし、生きていけるのですね……」
「そ、そうだね。でも俺も初めて見る光景だよ」
普段歩いている地上よりも相当な高さで生活をしている町ということになるが、空気の薄さをまるで感じないのはどうしてなのか。
賢者は魔法か精霊の力で、俺たちを飛ばして見せた。
もしかすれば賢者以外のいま見えている町の民たちは、全て魔法に長けている可能性がありそうだ。
後ろを振り向けば、そこには滝となっている水の溜まり場があって、微かに水精霊の力を感じる。
「ライゼル様?」
「あぁ、ごめん。レーキュリさんは?」
「いえ、それが……町に降りた時にはどこにも姿が無く……」
「タンちゃんもいないみたいだし、どこに向かえばいいんだろう」
「……いずれにしましても、全く危険が無いとは言い切れません。ライゼル様も、お気を引き締めて下さい」
「そうするよ」
空から降り立った俺たちを町の人たちはまるで気にも留めていなく、話しかけられる感じには見えない。
ルムデスの警戒は薄らいでいたが、ここに来て、また高まっているように思える。
その予感はどうやら的中したらしい。
「ライゼル様っ!!」
「うっ!?」
さっきまで普通に歩いていた人の姿が、いつの間にか無くなっていると同時に、猛烈な強さの風と風に煽られた水が俺たちに対し、吹き荒れ波打ち始めた。
「ぐっ……何て風――」
「ルムデス! 俺に掴まって!!」
「で、ですが、この風は自然の風とは異なる強さ……逆風がこんな急に――ああぁっ!?」
「――なっ!?」
「ラ、ライゼルさまっ――!!」
俺に掴まり耐えていたルムデスは、その身ごと風で吹き飛ばされている。
そ、そんなバカな……
『ル、ルムデスーー!!』
叫んだところで遅く、彼女は風によってどこかに飛ばされてしまった。
ルオンガルドの町に降り立った直後にこんなことが起きるなんて、どういうことなのか。
不思議なことに、ルムデスを吹き飛ばした風はすぐに止み、穏やかな光景に戻り始めた。
何で、何でこんなことになるんだ……
ルムデスをこんな所で失うなんて、そんなの――
風も無く、建物に入っていた人たちが歩き始めている中、俺はただ一人で俯くことしか出来なかった。
この間も誰一人として声をかけて来ない。
そうして何も考えられずに時間だけが過ぎていた時、賢者の声が聞こえて来た。
「……召喚士ライゼル。あなたは耐えられたようですね」
「あ、あなたは! レーキュリさん!? ルムデスが、連れのエルフが飛ばされ――」
「心配いりません。エルフの彼女は、城で待機して頂いております。そこにはガルダもおりますので、危険なことにはなりません」
「ど、どういうことですか?」
ルムデスは確かに吹き飛ばされた。
それが今は、そびえ立つ城の中にいるという。
「あなたはどうして召喚を封じ込めているのですか?」
「……えっ?」
「精霊にしてもそうです。先ほど起こした風は、精霊の風を少しだけ借りただけのもの。神聖のエルフは、風精霊の耐性がありませんし、耐えられない程の風をまともに受ければああなります」
一体この人は何を言っているんだろうか。
封じるなんて、意図的に封じているのは闇を使う召喚だけであって、それ以外は使えるのに。
「精霊の……?」
「精霊神を召喚して使えなくなった? だから召喚も使わないのですか? それとも誰かに守られることに慣れて、あなた自らが戦うことから逃げている?」
「ち、違う!!」
「……まぁいいでしょう。それはそうと、この町は何かがおかしい……お気づきではありませんか?」
「おかしい? 町は立派だけどここに住んでいる人たちは、俺に驚きもしない……どういう……」
「ふむ……それでは、一斉に襲われたら召喚士のあなたはどうしますか?」
「襲われる……? 危険なことにはならないと聞きましたが……」
まさか目に見えている町の人間を、俺に向けるつもりなのか?
今のところ、賢者の声しか聞こえて来ていない。
確かに町の通りには、まばらな人の姿があって急ぐことなく歩いている様に見える。
「ライゼルにとって、人間は敵ですか? それとも?」
もしかしなくても試されているのか?
精霊の試練の時と同じような感じを受けるし、風も水も精霊の気配がした。
「襲って来られたら敵になりますし、そうなる前に――」
「なるほど……それでは、何でもいいので召喚をしてください。今から町の人間があなたに襲い掛かります。襲う人間が敵だというのなら、召喚で消すのか、あるいは――」
「俺はもう、闇に囚われた召喚士ではありません! だから、別のやり方を!」
「召喚する獣を呼び出す時間を与えます。その獣が人間を消さない召喚であれば、わたしは戦い方をお教えすると約束致しましょう」
「え、そんな……」
「青い空から黄昏時と変わった時、人々がライゼルに襲い掛かることでしょう。それまでお考えください」
今見えている害のない人々が襲い掛かるとか、そんなことはおかしい。
人間を消さない召喚……そんなのはあっただろうか。
賢者に試されることになるなんて、やはり甘くなかった。




