69.賢者の町ルオンガルド 1
「パパ~! こっち、こっちだよ~」
召喚した鳥獣ガルダ。
彼女に何故か刻印づけをされて、パパと呼ばれ続けている。
召喚した後、完全快復の役目を果たして、てっきり姿を消すものだとばかり思っていた。
「早く、早く~!」
「分かったから、落ち着いて」
「フフッ、ほんの僅かな間に親子みたいな感じになりましたね」
「こらこら、ルムデスも落ち着いてくれないと困るよ」
「ですけれど、彼女のおかげでライゼル様は穏やかになられましたわ」
「そ、そうかな」
「ええ」
トルエノの闇を一身に受けていた時は、それはそれで最強の力を得られていた。
けれど、同じ人間たちから追われる運命を背負うことになったのも事実。
トルエノの闇に引き込まれないようにもっと強くならなければ――
「ライゼル様! 結構大きい町が見えてきました。ギルドがあるのは間違いありませんし、町に入っても大丈夫でしょうか?」
「襲って来る心配があるってこと?」
「……はい。既に世界各地のギルドを通じて、ライゼル様は狙われる運命にあります。大きな町に限らず、小さな町であってもです」
ルムデスの心配はもっともな話ではあったものの、魔剣士の例もあるように、ギルドとは無関係な人間にすら狙われるようになってしまった。
これはもう、そういうことになってしまったのだと腹をくくるしかない。
「それは多分、平気だと思うよ」
「ガルダ……あの子が案内をしているからでしょうか?」
「そうだね。癒しのガルダ……タンちゃんが進んで俺たちを誘ってるわけだし、危険なことになるとは限らないと思うよ」
「分かりました。ですが、何かが起こるよりも前に、わたくしがライゼル様をお守り致します」
「うん、ありがとう」
正直に言えば、強さはすでにルムデスを超えたことになっている。
それでも俺には瞬発性が無く、咄嗟に召喚、もしくは初歩魔法が繰り出せないという弱点があるだけに、結局は彼女に守られている。
魔剣士の不意打ち襲撃に遭ってから、ルムデスは俺の傍を離れなくなったのが何よりの証だ。
ルオンガルド――
「タンちゃんはどこに行ったのでしょうか?」
「んー……置いて行かれたのかな。大きい町だと探すのは苦労しそうだし……ううーん」
俺を呼び続けていたガルダはあっという間に見えなくなり、彼女を追っていたらいつの間にか、ルオンガルドの入り口にたどり着いていた。
入って驚いたのがすぐ目の前に滝があり、柵から先は進めなくなっていることだった。
町並みらしき建物と奥に見える城が崖上にそびえ立っていて、町というより一つの国が、訪れる冒険者を拒んでいるかのように見える。
遠くから見えていた町が、まさかあんな場所にあるとは思ってもみなかった。
「ライゼル様……あそこにはどうやって行くのでしょうか?」
「本当だね。タンちゃんがここにいないということは、飛んだとか?」
”ルオンガルド”と書かれた立て看板と僅かな足場には、誰かが立ち寄った足跡が見当たらない。
あの子は一体どこに行ったのだろうか。
数歩下がるだけで元来た道に戻ることが出来る……そう思って後ろを振り向こうとした時だった。
『ふふ、お困りの用ですね』
「ライゼル様! お下がりください!!」
「――え」
崖上の町と城、滝に気を取られていたとはいえ、柵の前に誰かが立っていたなんて、今の今まで気付くことが無かった。
ルムデスは両手を光らせて、俺を守る為に神聖魔法を繰り出そうとしている。
『……なるほど。召喚士を守る神聖のエルフですか。守られなくともお強いのでは? そうでしょう、ロランナ村のライゼル』
何でそこまで知っていて、何もして来ようとしないのだろうか。
この女性は一体、何者なんだ。
贅沢な絹を使ったヒラヒラなマントを身に付けているし、身なりからして魔法を使う人か、あるいは――
「あなたは……?」
『わたしはルオンガルドの賢者、レーキュリ。上に行きたいですか?』
「あ、安全だったら行きたいです」
「ライゼル様、下がって!」
「い、いや、大丈夫だと思うから、君も抑えて」
見るからに魔法に強そうな雰囲気を感じられる。
元々ルムデスは人間には注意を払う方だし、警戒するのは無理はないか。
『――いいでしょう。ガルダが呼んだのは脅威ではなく運命なのだとしたら、召喚士を守る術を与えねばなりませんね』
「ガルダ!? あの子がいるんですか?」
「……どうやら危ない目に遭う所ではなさそうですね」
魔法を放とうとしていたルムデスは、ガルダの名前を聞いてようやく警戒を解いた。
『ライゼルはまだ、精霊を使えないのですね?』
それもお見通しということは、相当な力を持っている女性賢者みたいだ。
『では……飛ばしますので、両足は着地に備えて下さい』
「ひぃっ!? う、浮かんでる?」
「これは……風魔法? それとも精霊の……ライゼル様がシルフを使えていたら、彼女がここに来ることは無かったということでしょうか」
「うっ、ごめん」
「いえっ! わたくしが捕まったばかりに……申し訳ございません」
「っととと……つ、着いた。え、あれ? 地面だ……」
「え、ええ、そうですね」
賢者が住む町、ルオンガルド。
ここで何かを掴めばトルエノに近づき、母さんにも近づけるのだろうか。




