67.鋭き突きと癒しの鳥獣
湿地帯と知りながら力のほとんどを失った俺は、なすすべなく意識を落とす。
しばらくして、自分の全身を何かが突っついている感じを受けている気がした。
「ツンツンツンツン……沈むのか~? 沈んじゃうのか~?」
んんん?
誰かの声がするが、声と同時に体を突っつかれているのは何なんだろうか。
「だ、駄目です! その人を突いてはいけませんよ」
「そうなのか? コレはルムの何だ~?」
「そ、その方はわたくしの大事な主人……」
ルムデスの声がする。
――ということは、無事だったんだ。
もしかしてここがルムデスの言っていた、ドリゼ湿地帯の村ということかな。
このまま水に浸された状態で沈んでいくわけにはいかないし、起き上がるか。
「むーぅぅぅ!! うぅっ? え、な、何で……」
仰向けになった状態で、ぬかるんだ湿地に倒れていたというのはすぐに分かった。
よほどの粘着力があるのか、起き上がることが出来ない。
「――あっ! ライゼル様!! お目覚めになられたのですね。あぁっ! 良かった……」
「ルムデス……キミも無事で良かったよ」
彼女を泣かせるつもりは無かったが、溢れんばかりの涙を流し、祈るようにして俺を見つめている。
てっきり泣きながら抱きついて来るかと思っていたのに、一定の近さで俺を眺めているのはどうしてだろう。
「ルムデス……?」
「あ、そ、それがですね……ライゼル様に抱きついてしまうと、わたくしも一緒に沈んでしまうかもしれないのです」
「へっ?」
「そ、その……この辺りの泥濘は、生半可な力では救い出すことが出来なくて、人が住める場所では無いのです」
「そんな……じゃあどうすれば?」
「さ、幸いなことに仰向けで倒れられておりますので、召喚を試みてはいかがでしょうか?」
確かに口だけは開く。
しかし精霊は呼び出せないし、泥濘から引っ張ってくれそうな力の強い召喚を、果たして呼べるかどうか。
「ところで俺を突っついているその子たちは?」
意識を落としていた時に、やたらと体を突かれていた。
どう見ても犯人は、ルムデスの周りをウロチョロする子供たちとしか思えない。
「この子たちは鳥人族で、ラウカ村の子供たちです」
「鳥人族……あぁ、どうりでくちばしで突かれていた感じがしたわけか」
ルムデスのように長い髪をしているが、鳥の羽毛でそう見えているだけでくちばしは鋭いままだし、足が細く、泥濘に沈みこまない器用な立ち方をしているのが特徴的だ。
「沈むのか~?」
「のか~?」
「か~?」
かろうじて人間の言葉を話す程度らしいが、危害を加える感じではなさそうだ。
「この子たちではライゼル様を起こすことしか出来なくて、申し訳ございません」
「鳥人族に親鳥というか、力の強い鳥はいないの?」
「ラウカの水鳥は親を持たない鳥ですので、力を象徴とする鳥は残念ながら……」
「そうなんだ……ルムデスは神聖の力を使えないのかな?」
「はい……あの魔剣士によって封じられていました。それに、神聖の力でライゼル様をお救い出来るかは何とも言えないのです」
「そ、そうか」
目に見えないだけで、ルムデスは力を封じられていた。
それに本人は隠しているが、俺を守る為でもあったかもしれない。
「そ、それじゃあ……召喚を、新たな味方を呼んでみるしかないのか」
「それがいいかと思います! この先、わたくしだけでは厳しいのは確かですから」
「う、うん。それならルムデスに言っておくけど、精霊はしばらく使えないんだ。俺がここに倒れていたのが何よりの証拠というか……」
「……わたくしの為に申し訳ございません」
「と、とにかく召喚を唱えてみるよ。少し離れてて」
「はい」
突きの素早さといたずら好き……ラウカの鳥人族。
空を飛べなくても、触り心地のいい羽で、この先の旅を癒してくれそうな子……鳥獣がいいな。
『我が意の全て、望むは神速の牙、望むは薄羽の輝き……我に応え、我が意のままに』
速そうで強そうで、それでいて癒してくれそうな鳥獣が来てくれたら……そう願いながら唱えてみた。
『ひゃぅっ!? よ、呼ばれた……の?』
『キ、キミが?』
どう見ても小さな女の子……いや、トルエノの子供姿よりは大きいけど。
長い髪のように見えるのは確かに羽毛で、髪というより体表全てが、羽毛で構成されているみたいだ。
「タンちゃんと呼んでいいの!」
「タ、タンちゃん? お、俺はライゼル……」
「ライゼル~! 起きる、起き上がる~?」
「た、頼むよ」
俺の召喚はもしかして、またしても最弱に戻ったのだろうか。
離れて見ていたルムデスも驚いて言葉を失っている様に見えるし、とにかくこの子に期待するしかない。




