63.召喚士と深紅のエルフ 後編
「何故村そのものが、紅く枯れ果てているとお思いですか?」
「あっ、ルムデス! って、その瞳の色……あれ? 確か翠色だったはずなのに」
「……カルロザの村において、わたくしは叛きの業を受けるべきでした。ここにいる間、神聖……光の力は使えないことをお許しください」
カルロザ村……ここがルムデスの故郷なのか。
過去形で話しているということは、他のエルフたちはいないのかあるいは――
「と、ところで、どうして村全体が枯れ葉のように深紅に染まっているのかな?」
「昔は青々とした緑豊かな景色でした。ですが、水ではなく血を浴び続ければ、緑もやがて枯れてゆくのです……」
「え? ち、血……!?」
血じゃないと思っていたのに、そんなバカな。
「わたくしは神聖の長でありながら、ユーベルと、そしてユーベルを味方するエルフに刃を向けた身なのです。同じエルフの血を無駄に流した罪、それが今見えているカルロザ村の姿です……」
「い、一体何が……」
非情なルムデスを召喚した時、瞳の色まで見る余裕は無かった。
でも今思い出すと、彼女の瞳は迷いの無い深紅色だった気がする。
村にいたエルフたちを手にかけて、一人だけ生き残ったとでもいうのだろうか。
「ライゼル様はご自身の運命を背負うだけでも苦しまれているのに、わたくしの過去の叛きに引き込ませることになり、申し訳ございません」
「俺がレヴナントを光で還したことも関係している?」
「妖精たちがいた森と、レヴナントがわいた辺りは、生と死の境界線上にありました。ライゼル様の強さの変化は、わたくしの過去を呼び覚ましてくれたと思うのです」
ルムデスの言い方はまるで、俺が強くならなければ、遭遇する事も出来なかったと言っているように聞こえる。
「あれ、でも俺が最初に召喚した時の君は確か……」
「ええ……カルロザ村から逃げ、どこか分からぬ水辺の岩にしがみついていた時でした」
「逃げていた時に巻き添えで、俺と出会ってしまったってことなのか……」
「ライゼル様が呼び出したのは、水の召喚ではありませんでしたか?」
「ま、まぁ、ヴォジャノーイっていうカエルで災い召喚だったけど」
「おかげで助けられたのは確かです」
誇り高くそれでいて儚げなルムデスだけど、ダークエルフのユーベルとの因縁は、どうやら故郷の村が関係していたみたいだ。
あらためて周辺を見渡してみると、人の気配は全く感じられず、すでに村そのものが廃れているようにも見える。
「ユーベルとの因縁って、村の姿と関わりが?」
「――全てをお話します」
血で染まった故郷の村を前にして、ルムデスは語り始めた。
「ルムデスとユーベルは姉妹の関係。カルロザ村において、共に神聖の血を継いでいく身として民を守り、過ごしていたのです」
◇
「長となるのは一人だけであり、二人と必要しないと聞きましたけれど、ルムデスはどう思います?」
「わたくしは運命に従うだけです。お姉様こそ、長に相応しいかと思います」
「そう? それなら大人しく待つことにするわね」
エルフの村、カルロザ村は人間を嫌い、霧で存在を消してひっそりと暮らしていた。
しかしそれは、長となる者によって変えられるしきたり。
「長となったら、人間を襲って村に近づけないようにする。それでいい?」
「何故そんなことをするのですか? 霧で隠しているだけでも十分ではありませんか!」
「人間たちにも魔法を使う奴がいる。霧だけで村を守れるとでも?」
「そ、それは……」
そして長が決まる――
「それが村の運命? あたしは隠れて終わるつもりは無い! ルムデスは隠れながら、神聖の光を大事にすればいい。あたしらは出て行くだけだ」
「なりません! 人間たちを襲えば、エルフはそういう存在として生きなければならなくなります。長として、ユーベルを許すわけには行きません!」
「……姉であるあたしを止めたいなら――」
◇◇
「そ、それで、ユーベルを?」
「ええ。ユーベルを逃してしまいましたが、彼女に味方した他のエルフたち全てに手をかけ、村に血が流れたのです……わたくしは神聖の血に叛き、業を負う者なのです」
「姉妹……やはりそうだったんだ」
「……そう思われていたのですか?」
「あ、いや……因縁ってそういう所なのかと」
「ユーベルは長に選ばれませんでしたが、名を得たエルフを従えていました。ライゼル様の名を欲していたのも、そういう意味なのです」
なるほど……そういうことか。
それでもユーベルに従ってはいないけど、種族の違いによるものが関係しているのだろうか。
「わたくしは光を使う者に相応しくないのです……ユーベルをまんまと逃がし、彼女の仲間と民の血を村に流した、非情なエルフに過ぎません」
行動に一切の迷いが無かったあの時のルムデスが、まさにそうだった。
ちょっと強さを得られた俺がルムデスの力も得ようだなんて、思い違いも甚だしい。
「じゃあ、この村から聞こえた声って?」
「恐らく、ユーベルに味方していた強きを求め、解放を望んでいた者たちの声……」
ルムデスが妹でユーベルが姉か。
俺を助けてくれた時の彼女からそんな優しさがあったのは、気のせいじゃなかった。
ルムデスの業を引き継いで、彼女の力を俺が得られれば、少しはその苦しみから解放出来るのだろうか。
「……ルムデス。もう一度、契りを」
「気付いていたのですね。そしてよろしいのですか? わたくしのしたことも、全て負う運命なのですよ?」
彼女たちと契っていたのは、トルエノに頼っていた時の俺だった。
過去から逃げていた俺に契りの資格は無かったも同然で、トルエノに眠らされてからの俺は、契りで得ていた力の大半を、失っていたことに気付いていた。
「過去からの呪縛から逃げるのは、もう終わりにしたいからね。君は神聖の長として、光を使い続けて欲しい」
「で、では、わたくしの全てをライゼル様に捧げます……」
すでに多くの人間たちを滅している俺が出来るのは、きっとこういうことなのだろう。




