20.下級召喚士、女王と契り覚醒の力を得る
大人のトルエノに密着しているだけでも緊張しまくりなのに、空に浮いたままで村を滅するなんてことを言い出すとは、正直言って思ってもいなかった。
「フフ、顔を赤くしてどうされたのかしら?」
「え、えと……トルエノが近くてその……」
「主様はすでに、我の大事な所を何度も触れられておいでですわ。何を今さら恥ずかしがっておいでなのかしら? フフフ……更に我を求められるおつもりがあるのでしたら、代償を頂きたく思いますわ」
「大事な所……? 代償? え?」
トルエノと出会った時というと、小さな女の子が倒れていてその時に心配になって、翼を何度もゆすったり撫でたりしていたけど、まさかそういうことなのか。
「出会った時から何度も撫でられておりましたわ。黒翼は我の力の源……弱点とは申しませんけれど、その時から我の主がライゼル様になるのは、決まったも同然でしたわね」
「ご、ごめんなさい! な、何だか吸い込まれるくらい撫で心地が良くて……ごめん!」
「我はあなた様から力を注がれ、ここまで戻ることが出来ましたのですから、謝る必要はありませんわ」
トルエノの翼を撫でたことで召喚スキルがマイナスを示すようになったのは、そういうことだったらしい。
「……村を滅しない代わりに、あの人間どもを滅してくださいませ……そうすれば、くくっ」
空からロランナ村を眺めた後、トルエノはゆっくりと地上に向かって降りてくれた。
地面に降り立つ前に見えた光景は、山賊か何かの集団が道を行き交う人を襲いながら、村を目指しているようにも見えたことだ。
「え、人間を……? で、でも、いくら山賊でも俺やトルエノに危害を加えて来たわけじゃないし……」
「ご覧になったのでしょう? 主様がお守りしようとしている村を害しようとしておりますわ。あの人間どもを滅することに何をお迷いですの?」
「お、俺はトルエノと契っているけど、人間だからね? さすがに無関係の人間を消すとかそれは……」
「……主様には失望しましたわ。我や主様に危害を加えない……くくく、では加えて頂くとしますわ」
「えっ? わぁっ!?」
地面に降り立ったのも束の間、トルエノは俺を再び抱えて飛び立ったかと思えば、山賊連中の目の前に俺を置き去りにしてしまった。
「な、何だぁ!? コイツ、どこから現れやがった?」
「……村のモンか?」
賊たちの反応……これはもしかしなくても、村を守る感じで現れたと思われている!?
見るからに粗雑で乱暴狼藉をはたらいてきた山賊に見える以上、俺一人ではどうにも出来そうにない。
「い、いやぁ、一応村の者だったんですけど、これから襲うつもりとかですか?」
「だったらどうする? 俺らを倒すか? 見た感じ戦士には見えねえが、邪魔するつもりならてめえから始末して――」
『くくく……』
「邪魔だ、女! すっこんでろ! それとも、俺らの相手でもしてくれるってえのか?」
え、あれ? てっきり俺を試すつもりで置き去りにしたのかと思っていたのに。
「我が主ライゼル、あなた様の甘さをここで捨てて頂こうとしておりましたけれど、気が変わりましたわ」
「じゃ、じゃあ今すぐここから離れよう?」
「村はお守りなさらないのかしら?」
「お、俺がいなくても村には強い連中がいるだろうし、任せて大丈夫……」
思いたくないけど、村にはイゴルが残っているはずだし、ギルドの戦士とか魔法士がいるはず。
「フフ、村からは強そうな力を全く感じませんけれど?」
そう言えば戦士も魔法士もほとんどトルエノとルムデスが消してしまったような……。
ルジェクはギルドと関係ない連中を連れていたし、イゴルもすでに村から出てたりするのか。
「何をごちゃごちゃと話してやがる! 邪魔するんなら女だろうが殺すぞ?」
「主様、どうなされます? あなた様のお力だけで村をお救いするつもりなのでしたら……」
「お、俺だけじゃ厳しいよ……た、助けてくれないかな?」
「我に人間を助ける理由はありませんわ。くく、それでも我の力を必要とされるのでしたら、我と更なる契りをお結びくださいませ」
「そ、そういえばそんなことを言っていたよね? 更に契りを……って、その姿のトルエノとってことだよね?」
「……」
「す、するよ! ど、どうすればいいかな?」
女の子の姿で契ったのとは、力の流れが違ったりするのだろうか。
俺の返事を待っていたかのように、トルエノは黒翼を大きく広げて何かを呟き始めた。
「我、闇黒のキュリテ。我の象りを主に捧げ、主の為すべき力とせよ……」
トルエノの呪文のような呟きの直後、俺とトルエノは闇に呑まれていた。
見渡す限りの闇に囲まれ、襲い掛かろうとしていた山賊の姿はおろか、ロランナ村やあぜ道の光景も見えない。
「え? こ、ここは……」
「ライゼル・バリーチェ……我を受け入れよ」
「あ、あぁぁ……ん、んぐっ……」
「くくく……ゆっくり、我が注ぐ滴を受け入れるがいい……さすれば、我の力は全てキサマのモノとなるだろう……」
「ぐぐっ……んぐっ、ううぅっ……はぁはぁはぁ……」
闇の中から姿を見せたトルエノは、すぐに俺に近づいて口を塞いで来た。
こんな魂を抜かれそうな口づけをされるとは思わなかった。
気のせいか、何かの力が注がれているような感じを受けると同時に、さっきまで思っていた不安や落ち着きの無さが、一気に消えて行く感覚を覚えている。
「くくっ、どうだ? 我を感じるか……?」
「う、うん……って、あれ? ト、トルエノだよね? その姿はど、どうして……」
「我を全て捧げたと言ったはずだが? 不服か?」
「い、いや、で、でも……もしかして大人には戻れないってこと!?」
「それはキサマ次第だ」
真の姿を見せていたトルエノは、見慣れた女の子の姿に戻っていて、口調も以前のようになっていた。
「俺がトルエノの力を使えるってこと……?」
「試すがいい。丁度いいのが目の前にいるだろう? キサマが村の人間どもを救いたくば、キサマだけで救って見せろ! 我はキサマ以外を助けるつもりは無い。くくく……姿を現わすとする。キサマだけでやれ」
トルエノの言葉通り目の前の闇はすぐに消え、山賊たちの狼狽えた様子が見て取れた。
「う、お……っ!? 消えたと思いきや、どこに行っていやがった!」
村を守りたければ俺が山賊を滅する……しかないのか。
今までは俺を虐げた連中から守ってもらっていたからこそ、慈悲そのものを感じることが無かった。
だけどこれはもう同じ人間が相手でしかも、村を襲おうとしている連中だ。迷う意味は無いのかもしれない。
「……顕現せし光無き闇よ、我に仇なす人間を滅せ――」
「「なんっ――ぐああっ!?」」
召喚なのか、そうでないのか判断する間もなく、唱えた言に従った闇の塊が賊たち全てを覆い、存在を消し去ってしまった。
「くくく……それでいい。キサマは我の力……闇を強め、覚醒をする……その為にも、更なる召喚をし続けることだ。キサマが気づく間もなく、強さを感じることが出来るだろう」
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