18.下級召喚士、上級召喚士と対決する 後編
『おらっ! どうした? 召喚しねえのかよ? ライゼルの為に時間をくれてやってるオレの優しさに感謝しとけよ! 牛でも馬でも呼んでみろよ、ウスノロが!』
ルジェクの挑発を聞いている限りでは、周りの傭兵が向かって来る気配は無い。
こうなったら牛でも馬でも呼んで、ルジェクに突進させてやる!
「其は、此処に咆哮の口火を切る者……我が求めに応じ、盾突く者に鼓怒を示せ……」
『あん? 何をぶつくさ言ってやがる! 真面目に召喚出来ねえのかよ』
イゴルは精霊を呼ぶときに何かを呟いていたけど、ルジェクは呟かなくても強い獣を呼べるということなのだろうか。
『ハッ、ハハハッ! さすがライゼル! 思った通り、牛を召喚しやがった。くだらねえが、スキルの無いてめえはそんなもんだよなぁ?』
『これなら、俺らがいなくても楽勝でしたね! はっははは!』
ただの牛……駄目なのか、俺はルジェクなんかに負けるのか……?
『そう悲観するなよ? オレが手本となる獣を呼んでライゼルに……うっ? 何だこのガキ……?』
「くくく……」
ルジェクの前に立ったトルエノが空に向かって何かを呟いたと思ったら、そのままどこかにいなくなってしまった。
『何だ? あのガキ、何しに来やがった……おい、ライゼル! ガキを遊ばせてんじゃねえ!』
本当に何をしたのだろうか、空を見上げても雷の気配を感じるような空になったわけじゃない。
『ちっ、少しは期待してやったのに、家畜の牛が出ただけとはな……ライゼルなんかに獣を呼ぶ方が疲れそうだ。おい、ライゼル! そこで待ってやがれ! 俺の手でてめえを殺してやるよ』
ルジェクはずっと俺に罵声を浴びせているだけで、何かを呼ぶ気配を見せていなく、手元に炎の属性魔法を見せつけているだけだ。
「炎で燃やしてやろうか? それとも氷漬けを望むか?」
属性魔法を手元で遊ばせているだけに痺れを切らしたのか、ルジェクは俺に向かって来ている。
このままじゃ昔のようにやられてしまう……そう思って、さっきとは違う言を唱えようとした時には遅かった。
「は、灰塵と化せ! 我は求む……我らの域を害する者を……がっ!?」
「ネチネチと往生際が悪い野郎だな、てめえは! 結局つまらねえ家畜しか呼べねえ召喚士だったわけだ。どうした、何とか言ってみろよ?」
「くっ……うがっ、はぁはぁはぁ……」
「あぁ、悪い悪い、口を塞いでしまってたな。で、このままオレに絞め殺されるか? 足掻いてとんでもねえ獣でも呼んでみるか? あ?」
「は、離せ……」
「いっぱしの口を利くようにようになったかよ。なら今すぐ獣を呼べよ! オリアンなんぞの敵を取るでもねえが、最弱召喚士は始末した方が世界の為だからな!」
トルエノは俺を信じて送り出してくれたのに、家畜の牛を呼んだだけだった。
もう駄目なのか……
ルジェクに締め付けられながら空を仰ぐと、いつの間にか厚い雲が幾層にも連なっていて、雷鳴が鳴り響き、まるで竜のような雲間放電が発生し続けていた。
「何だ? 何をよそ見してやが――ぐぁっ!? し、痺れ……ち、違う、何かが突き刺さっていやが――があああ!?」
俺とルジェクの近くに雷が落ちたと思っていた瞬間、ルジェクの背後には牛の姿をした獣人が鼻息を荒くしながら立っていて、手にしていた斧をルジェクに振り下ろしていた。
「あ、あぁぁ……う、牛……じゃない。まさか……俺が呼んだ獣なのか?」
「ぐ、てめええ! 何を呼びやがった? 俺の背中が、くそがあああ! 離れやがれバケモンが! くそっ、くそっ! てめえら、ボサっとしてねえでオレを助けやが――ぐがっ!? い、息が……」
召喚で呼んだのはただの牛だったはずなのに、地面を這うような放電を浴びたことによるものなのか、牛だった獣は、人の姿を成すモノと化していた。
ルジェクが纏っていた胴衣は少しずつ鮮血の色に染まり、獣人はルジェクの口を塞いで俺の指示を待っている様に思えた。
「ル、ルジェク様、今すぐ向かっ――」
「えっ!? い、一瞬で消えた……?」
『くくく……我が主、ライゼル。キサマに向かうノミどもは我が闇黒に葬り去った。キサマはキサマが召喚したアステリオスを使って、キサマの手でノミを塵へと化すがいい』
ルジェクが連れて来た傭兵たちは、俺に向かう間もなく一瞬にして闇に呑まれてしまった。
俺が召喚した牛は、ルジェクの喉元を抑え付けながら、俺の命令を待っている。
「……獣人アステリオス、召喚士ルジェクを灰と為せ!」
「やっ、やめてくれええええ! ラ、ライゼル、お、俺はライゼルにあ、謝りに来たんだよ! た、頼む、頼むううううう! そ、そうだ! ギルドに入れてやる! 何なら、俺とお前でイゴルの野郎を始末してやっても……ひっ!? ひ、ひいいいいい……助け、助けてくれええええ!」
「……ルジェクを消せ、アステリオス」
「あぁぁぁぁあぁ……! い、嫌だぁあああああ! ううぅ、あぁぁうぐっ、ぐっ、嫌だ嫌だあぁぁ……ライゼ――」
俺の足元にすがるように泣きついて来たルジェクは、獣人アステリオスが振り下ろした斧によって、泣き崩れた顔を歪めながら、見る影も無くなっていた。
オリアンよりも醜態をさらけ出しながら、ルジェクの肉体は灰となり、塵と化した。
アレが俺をさんざん罵っていた奴の最後だったなんて、ルジェクもそして、かつての俺も情けないと思えた。
「はぁー……あんなものか。あんな奴に俺は……」
村にいた時あんな奴にすら勝てずにいたのに、結果的にトルエノの雷に手助けをされて、俺の召喚で初めて敵を消すことが出来た。
「お、終わった? ライゼル、あの連中ごと消してしまったの?」
「アサレア? まだ出て来るなよ。残党がいたらお前を守れないんだぞ?」
「う、うるさいなぁ……って、あなたライゼルなの? 口調が前と変わってるんだけど」
「そうかな? とにかくアサレアは村に戻っていい。お前を守りながら旅をするわけには……」
「ついて行くからね? たまたま倒したのかもしれないけど、見ていたけどまともに召喚出来ていない感じだったし、ライゼルはまだまだだと思う」
「う、うるさいなぁ」
トルエノやルムデスの近くで凄まじい力を見ているせいなのか、脅しのつもりで当てる気の無かった魔法を見せたルジェクには、まるで怖さを感じることが無く、あの程度だったのかと思ってしまった。
「くく、一瞬で闇に還せなかったようだが、ライゼルにしては上出来だ」
「ト、トルエノ……あの牛に何かした?」
獣人と化した牛はルジェクを消し去った後すぐに、その姿を消していた。
「我は雷を空に放っただけに過ぎぬ……キサマが召喚した牛は雷光を浴びて覚醒したまでのこと」
「もっと一瞬で敵を消したかったけど、まだまだだった……」
「……我は獣人化の手助けをしたに過ぎぬ。あのノミを消したのはライゼルの力だ。キサマはまだ強くなる見込みがある。残りのノミを始末する時には我の助けなど必要が無くなるはずだ……」
「そ、そうならいいけど……」
「まぁまぁ! ライゼルちゃん、頑張ったのね! うふふっ、いい子いい子~」
「あ、ありがとう、イビルの癒しのおかげだよ」
「ライゼル、ご無事ですか? わたくしはただ見守るだけでしたが、あなたの強さをこの身に感じておりました」
「う、うん。ルムデスにも危険が及ばなくて良かったよ」
「と、とんでもないです! で、ですが、ライゼルから頂けるのであれば……喜んで……」
「え? あ……」
ルジェクとのことが済んだ後に、トルエノやルムデスたちに褒美を与える約束をしていたせいなのか、彼女たちはいつもと違う雰囲気を見せている。
彼女たちがいれば怖い相手はいないとはいえ、ル・バランから離れなければ。
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