168.世界の支配者、完全召喚をする
精霊神ヴィシュヌで全く歯が立たないのか。
決して手を抜いたわけでは無かった。
トルエノに対しやれる攻撃といえば、最終的なアレしか残されていない。
それを望んでいるからこそ、雑魚悪魔や雷獣の力を取り入れたのだろうが、果たして……。
最終の力を出そうとしたその時だ。
「我、闇に生きる黒の王、大気の光はやがて地に落ち、全てを呑み込む……我がライゼル。意識はやがて闇に囚われ、沈むもの……抗いを閉ざし、我が元に従え……!」
これは意外だった。
トルエノ自らが闇黒詠唱を唱えて来るとは。
空を覆いつくす闇黒が、俺や周りの全てを呑み込む。
咄嗟のことで抗いを取らず、そのまま闇へと包まれた。
◇
音も無く、風もない……トルエノの姿も無く、冥府の異形なるモノもいない。
どうやら闇黒だけの空間に閉ざされたようだ。
目を開けていても広がっているのは、ただただ闇、そして無の空間。
そして方角方向ともに不明の所から、トルエノの声が届いて来る。
「ライゼル・バリーチェ。貴様に失望した。貴様の隠し持つ力を待たずとも、我がもう一度貴様を取り込む。そうすれば、闇黒はやがて全ての始まりとなる。貴様は闇の中でもがき、苦しみ続けるがいい……」
どうやら彼女は俺を闇に封じたまま、世界を闇黒支配とするようだ。
ここから出られなければ、前と変わらない最後となるか。
見えない中で、全身を加護する精霊は全て沈黙した。
体内全てに蝕みの闇魔法が発動している。
痛みは単純で、足から手、腕にかけて血や肉を腐らせようとしているようだ。
徐々に痛みは巡り、言葉と思考を閉ざす所にまで呪いが迫って来た。
これは非常に残念に思えた。
姿も見せず、あの時のように直接俺から奪おうとしない。
昔のトルエノは、もっと余裕があったはずだった。
それがこんな闇程度で俺を封じるとか、力と強さ、何もかも超えすぎたみたいだ。
ここで精神も強さも腐らせていれば、トルエノはルムデスたちをも支配してしまう。
そういうつもりなら、トルエノは俺が消すしかない。
「我、光と闇を支配する者なり。願うは闇、光の双璧を羽ばたかせる翼持つ者、支配は我にあり……我と共に、地底に眠りし脈々なる星の瞬きを我が力に示せ……」
闇と無の空間に亀裂が入り、やがて光と化す。
無の空間から出ると、すぐ前には彼女の姿があった。
「ふん、やれば出来るではないか、ライゼル」
「……出られなかったらどうしていたんだ?」
「それなら我が世界を掌握するまで。だがそうではないのだろう? 我を消せ、ライゼル!」
忘却のトルエノに出会ってから、ずっと分かっていた。
過去も現在も、ずっと彼女の影を追ってここまで来たからこそ、別の形を取りたかった。
でもまぁ、これで終わらせることが出来る。
終わらせて、そしたら――
「トルエノ……俺は闇と光、そして龍をも支配した。今、全て消してやる!」
「くくく。それでいい。貴様に消されるのが、我の望み……」
どれだけの闇と雷を喰らっても、たぶんもう分かっていたのだろう。
「光を示すモノ……ここに来たれり! ディヴァイン!」
神聖の光を帯びた龍が、トルエノの全てを喰らいつくした。
そして――。
「フフ……ライゼル……さま――……」
悪魔の女王トルエノは最期の言葉と共に、彼女は光の龍によって消えて行く。
彼女を光に消したことで、世界は終焉したのだろうか。
光はやがて空一面を覆いだす。
ロランナ村周辺全てに残されたのは、アサレアの生家だけだ。
村人も何もかもが、見えないまっさらな大地だけ。
この地は全てやり直しの大地、そして始まりの場所。
召喚士として始まった場所だ。
またここからやり直そう……そして、支配者として進むしかない。
◇◇◇
「ライゼルさま~!」
外にいたルムデスたちが、旧ロランナ村に戻って来た。
彼女たちの中には、意識を取り戻したアサレアの姿もある。
「ふえぇ~……何だかすごいね。私の家だけ残されても……なんだけど」
「アーティファクトが守ってくれたんじゃないかな。たぶんね」
「ふ、ふぅん。ライゼルのおかげかな……ありがとうね、ライゼル」
「いや、いやぁ~」
「……またここに村を作り直す? それとも?」
それはどうなのだろうか。
そうするよりも先に、やらなければいけないことがあるような気がする。
「そ、それは後で……」
「あっ、待って! これを持って行って」
「……うん?」
「きっかけみたいなもんだと思うから」
アサレアは自分を取り戻したみたいだ。
これならまた、合成士として色々作ってくれるかも。
「わぅ! ライゼルさま、キアもキアも!」
「うん?」
「キアもずっと一緒! いい?」
「あぁ、もちろん。俺が召喚したからね」
「わぅん!」
召喚した獣であるキアは、帰還させることも出来る。
しかしそれをするよりも、人の姿で生活させることの方が彼女の為かもしれない。
「あの、ライゼルさま。あの子は……消えてしまわれたのですか?」
消えるはずが無い、それならこんな気持ちにはなっていない。
「いや……」
「そうすると、今一度お試しになられるのですね?」
「ルムデス。君はそれを望む?」
「――ええ。今度は、きっとあなたの言うことを聞く、いい子になって戻ると思いますわ!」
彼女には全て分かられていたみたいだ。
「ルムデス……ありがとう。君に支えられなければ俺はきっと――」
「ウフフッ! 今すぐそうして頂きたいところですが、外であなたをお待ちしていますよ」
「うん」
イビルとノワールの姿が見えない。
恐らく彼女たちは、時が来たらあの子の元に現すだろう。
「ルムデス! アサレアとキアを頼むよ」
「はい、かしこまりました!」
◇
ロランナ村を出てすぐ、空は今にも雷が落ちそう……でもなく、晴れ渡っていた。
恐らくそこであろう場所には、荒れ果ての草地が見える。
確か、ここで転んで……「危なくなったら袋を振り撒いて」だったか。
そんなことを言っていた当時のアサレアの言葉を、ふと思い出した。
あの時は自分のスキル値が0に近く、危険が及ぶかもしれない状況だった。
そして、全身に袋の臭いらしきモノを全て振り撒く。
ぷわっ!? これだ、この臭い――。
魔物除けの袋から臭いのキツイ粉を全身に浴びた。
意識はぼんやりとすることもないが、両手を空に掲げる。
晴れていた景色が一変して、雷鳴が鳴り止まない。
それだけでは困る。
「我、世界を支配する者。召喚士ライゼル・バリーチェ……完全なる召喚を以て、闇を穿つ存在となれ! トルエノ・キュリテ……!! 我が前にその身を現せ」
激しい雷鳴はすぐに収まる。
そして聞こえて来た声――それは。
「……ライゼル?」
「トルエノ。目覚めの気分は?」
「うん、悪くない。ライゼルさま、近くに来て?」
――チュッ……。
小さき小悪魔の彼女は、忠誠の証のつもりなのか俺の頬に口づけを残した。
「さて、行こうかトルエノ。ルムデスも会いたがっているよ」
「世界を支配しに?」
「すぐじゃないけど、いずれそうなる」
「分かった。我も一緒に行く!」
完全召喚したトルエノの姿は、小悪魔な姿で少しだけ幼い。
今度はトルエノを連れて――。
俺は世界を変える召喚士として、世界を支配していくことになるだろう――。
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