164.悪魔トルエノ・キュリテ
「ルムデス。君は隙をみて、外へ」
「で、ですが……!」
「大丈夫。外にはみんながいる。アサレアと一緒に待ってて欲しいんだ」
「わ、分かりました。ライゼルさまのお力でしたらきっと! ……トルエノをよろしくお願いしますね」
「もちろん。それと……」
「こ、これは?」
「シルフの癒し。その風が君を守るから、しばらく経ってから外へ」
「ライゼルさま……わたくしは、わたくしたちはあなたさまをお待ちしております」
そういうと、ルムデスは少し足を引きずりながら村の外へ歩き出した。
シルフの加護ならば、すぐに回復してくれるはず。
さて、
『トルエノ。ここで戦うのか?』
『くくく、貴様が気にしている人間ども……奴等に見せつけながら、絶望を与えるのも面白い!』
やはり生き残り、いや、こことは切り離していたようだ。
アサレアの家に姿を見せる前に、何かをしていたということなのだろう。
『いいだろう。そこに案内してもらう』
俺の言葉に、トルエノは黒翼を広げて上空に飛び上がった。
ついて来いと言わんばかりに、俺を空から誘っている。
ルムデスに分け与えたシルフの風は癒しの効果だけだったこともあり、俺はシルフの風を使ってトルエノの後を付いて行く。
上空から下の様子を眺めると、やはりロランナ村の姿は無い。
そう思っていたが、
『案ずることは無い。召喚士が求める人間どもの城は、アレが眠る場所として隔てた。我はそこにいた人間どもの憎悪を我の力としているだけのこと。もうすぐアレの元に辿り着ける……召喚士、貴様のおかげでだ!』
やはりそうか。
俺に憎しみを持つ人間たちを闇の力に充て、トルエノの力を取り戻して完全に目覚めさせようとしている。
いま俺を誘っているトルエノは、仮の姿で間違いない。
俺がその城に行けば、悪魔トルエノ・キュリテとして再び君臨することが出来るということか。
仮の姿のトルエノを倒すことは恐らく簡単だ。
だが……。
『召喚士ライゼル。城の上空に見えているのが何か分かるか?』
『――! 大蛇……いや違う、アレは俺がかつて召喚したミドガルズオルムとケルベロスか……』
『人間どもを消したくば、城を籠として守るアレらを滅せ。我は我となり、貴様との邂逅を待つ』
黒翼のトルエノはそのまま城へと降りて行く。
完全な悪魔の女王となることは、別に止めることはしない。
だがその前に、闇黒に囚われていた過去の召喚獣を、全て俺の手で還す。
召喚の言を唱えるには離れすぎているが、こちらも巨躯の召喚獣を呼び出してあの二体にぶつけた方が確実だ。
『我は求むる。地の神と相対せし統べの神、無極の猛り、巨躯の肉体を以て技と為せ! ティーターン』
召喚に応じた大地神ティーターンは、姿を現すとミドガルズオルムとケルベロスを圧殺し、敵もろとも帰還を果たした。
ミンザーネ村で暴れ狂っていたティーターンを帰還させてからの召喚により、本来の強さを発揮してくれたようだ。
二体の獣が姿を消したところで城塞となったロランナに近づくと、真下からはずっと耳をそむけていたギルド連中の声が聞こえて来る。
このまま空から行くのも悪くは無いが、地上に降りて城の内部に進むことにした。
城塞化したロランナギルドのようだが、目に見える人間の数は数えられるほどしかいない。
完全復活するトルエノの為に憎悪の闇を取り込み、そのまま闇黒にのみ込まれたと思われる。
城の内部といっても、ロランナ村そのものが城の中にあるといった造りになっていた。
村が消えていたのではなく、眠る悪魔の揺り籠に使われただけだ。
『……おめおめとここに帰って来やがったか。最弱召喚士ライゼル・バリーチェ』
今さらギルドマスターに返事をし、何かを言うつもりは無い。
言葉だけで俺に攻撃を仕掛けて来ようとしないのを見れば、明らかだ。
じりじりと歩み寄って来るつもりらしいが、すぐ傍に近づこうとしない。
彼ら人間では、すでに俺に敵うはずも無いことを悟っているからだろう。
彼らでは無く俺の敵となるのは間違いなく、
『くくく、調子に乗り我のモノに近づくノミが! 闇の糧たるノミは、そのまま去ね!!』
『うがああぁぁぁぁぁ……!? ラ……イゼ――』
『――!』
あぁ、そうか。
俺を強くし、全てを奪った彼女とは、そういう運命だった。
初めて出会ったあの頃の姿のままだ。
『ふん……ようやくか、ライゼル』
『トルエノ・キュリテ。全てを思い出したんだな?』