143.召喚士、ダークエルフと取引する
「因縁……いい加減召喚士と断ち切りたいものだね……」
「戦いに無縁なこの村で、俺を封じるのか?」
「封じられるような呪いなんて、あたしは無いさ」
予想をしていなかったわけじゃなかった。
ユーベルがリエンガンにまで来ていたことを考えれば、このまま見逃されることなど無いだろう……そう思ってはいた。
しかしルムデスとの因縁はすでに断ち切れ、俺との契りもすでに切れたようなものなのに、どうして彼女は再び俺の前に姿を現すのだろうか。
ユーベルだけならともかく、彼女の近くから感じる油断の出来ない気配は、怖れを感じない俺でも気を張る。
「――と、言いたい所だが……龍の力まで手に入れたライゼルと戦おうなんて、これっぽちも思っちゃいない。あんたが本当にあの悪魔の女を支配出来るまでは、監視させてもらう……それだけさ」
「俺を止める……戦うということじゃないのか?」
「あたしだってバカじゃない。いくらあんたの名と契って死を得られることが無くても、痛い思いは嫌なのさ。ここに来たのは、挨拶さ……いるんだろう?」
「……! 何もしないんだな?」
「ライゼルが出会うより前からの付き合いなんだ。そんなことするわけが無いだろう?」
「分かった。村に入ることを許す」
「……ふん。散々放置して偉そうに」
どうやらユーベルの狙いは、トルエノだけのようだ。
ユーベルの言うようにトルエノを召喚したとしても、また全ての力を奪われるようでは、ここまで監視してきた意味が無くなるということなのだろう。
『おっ! ライゼル! 召喚で何かやるって言ってたが終わったのか?』
ミンザーネ村に足を踏み入れると、レグルスが待ちかねたようにすぐに声をかけて来た。
「ギルドマスター、お久しぶりですわね」
「う、おっ……!? お、お前はユーベルか! 何だ、そうか! 召喚ってのはユーベルの手伝いだったんだな?」
「そ、そんなとこです」
「……それはそうと、マスターの他にも人間のギルドマスターばかりがこの村に居着いているようですけれど、どういう状況です?」
「む? それはだな……」
レグルスの目配せは、もしかして俺に気を遣っているのだろうか。
闇黒の力で村々や冒険者たちを、巻き添えで滅して来た俺が言えることじゃないが、ロランナ村以外のギルドマスターは、冒険者や職人を全てロランナ村に送れと言われたらしく、あぶれてしまってここを求めたらしい。
「……大方、そこの召喚士が迷惑をかけた……そういうことなのでしょう?」
「う、いや……だが、この村に来たことで彼らは生き甲斐が生まれてな」
「半神に教えを乞われたと……なるほど」
レグルスにも申し訳ないし、ユーベルの顔をまともに見られない。
ギルドマスターだらけになっていたのは、そういうことだったんだと、ここに来てようやく理解出来た。
「あぁ、ライゼル。前に話していた合成士のあの子も、ここに呼んでいいぞ! ここには冒険者もいないし、危害を加えるような気性の荒い奴もいないしな! ん? どうした?」
「……彼女はここにはまだ来られません。だけど、いつか必ず!」
「そうか。その時が来るのを楽しみにしとくぞ! ユーベルも気軽に来ていいんだからな!」
「ふふ……そうさせてもらいますわ」
「俺もそうだが、ライゼルも大変そうだからな。やることが落ち着いたら、ここに戻って来てくれ!」
「ありがとう、レグルス。きっと戻るよ!」
全てのことを察しているわけでは無いが、ル・バランの武装修道士兼狩りギルドをしていた彼は、深くは聞いて来ることが無かった。
だからこそずっと味方で、俺を信用してくれているんだろうと感謝しか出来ない。
「人間……それもギルドからのあぶれ者と、召喚で大地を削られた国の半神者たち、ね。それが償いになると思ったら大間違いだ」
「ユーベル。キミの狙いは何だ? 俺を殺したいんじゃないのか?」
これまでずっと行く先々で、ユーベルは俺に戦いを挑んだり助けたりして来た。
それは単に、俺の名を得ただけでは無いと思っていたが……。
「悪魔の女。アイツの息の根を止める……それがあたしの狙いさ! あの女に力を奪われて地の果てにいたお前を助けたのも、その為さ。力を取り戻したライゼルなら、必ずあの女を召喚しようとするはずだからな!」
「確かに再召喚をしようとしている。だけど、次は力を奪わせるつもりは無い! その為に俺は――」
「信じろとでも言うつもりか? リエンガンで見たお前、そして上空に龍を飛ばせ従えているという点で、お前の力が以前と違うのは分かる」
「だから……」
「だからといって、あの悪魔を完全に支配出来るという保証は無い!!」
ユーベルのこの感じは、明らかな憎悪を含んでいて、今にも刃を向けて来そうだ。
憎悪の正体はこれ以上聞くことが出来ないが、ロランナ村で邪魔をされては困る。
「よく分かった。それで君はこのまま俺に付いて来るつもりが?」
「……その時まで姿は見せないさ。あの女に刃を突き刺すのは、あたしじゃないんでね」
「ユーベルじゃない?」
ユーベルの近くに感じる闇の気配。
この気配は、親父の近くでも感じた覚えがある。
「ダークエルフの主様が、悪魔を突き刺す……あたしのユエ様が」
「ユエ?」
「お前が知る所じゃない」
あぁ、そうか。やはり親父を守っていたダークエルフのことか。
――ということは、ユーベルを懐柔させて憎悪を膨らませた……そういうことになる。
「ユーベル。俺と取引をしないか?」
「……いいだろう。お前があの悪魔を召喚するまでは、神聖のあの女も他の人間にも手を出すな……そういうことだろ?」
「トルエノのことについても、俺が彼女を完全支配した時は、一切手出しをしないと誓えるか?」
「出来るはずも無いだろうが……仮に完全召喚をされてしまえば、獣を殺すことは出来なくなる。その時は好きにしな!」
「そうさせてもらう」
親父の無念と因縁がダークエルフを巻き込んでいるとしたら、全て俺が片付けるしかない。




