133.魔剣士の最期 後編
今の俺を過小評価し、大した召喚も出来ないと見たリオネに対し呼べた召喚は、光に満ちた天使イオフィエルだった。
しかし……。
「アハハハハっ!! やっぱり闇黒に比べたら、そんな程度ってとこか。精霊でも無ければ、魔法でもない……まさか、ただの人間……それも無関係な村から召喚するなんてね!」
「――ライゼル、信じて……唱えを……ううっ……」
「残念だね、賢者。精霊も消え、闇の力も使えないライゼルがまさか、あんなものだったなんてね! まぁいい。ここで苦しむ姿をさらけ出すのも終わりにしてやるよ。さぁ、死霊術師……賢者をライゼルに仕向けな!」
「うぅ……動け……賢者、ご……めんなさい」
召喚された少女の姿は、身なりこそ聖堂に熱心に通い続けるような白の外套を身に付けているが、何の力も持たない人間に見える。
周りをキョロキョロと見渡した少女は、俺とリオネを交互に見つめた後、俺の所に向かって歩き始めた。
魔剣士リオネは俺や少女を見ていないのか、少女が起こしている現象に気付いてもいないようだ。
向かって来る少女の足元からは、鮮やかな植物や芽が、生えては枯れるを繰り返している。
今いる場所は土がむき出しになっている所では無く、人工的に造られた町だ。
それにもかかわらず、少女が歩き続けているだけで植物が生えるなんて、一体どういうことなのか。
近くまで寄って来た彼女の背中からは、小さな翼のようなものが見えている。
正面から見る顔は少女にも見えるし、セラフ母さんのような大人の姿のようにも見える。
「あなたがライゼル……?」
「え、う、うん。キ、キミは?」
「フィエル。四人の中の一人……ライゼルの願いは、魔を持つ人間を消すこと?」
フィエル? イオフィエルで間違いないのだろうか。
セラフ母さんに似た四人に一人とか不明なことを言っているけど、彼女が天使なのか。
「え、えーと……魔剣を手にした人間を、光に還して欲しい……」
「還すのはソフィア。フィエルは消すだけ……闇を持つ存在はクリーブによって裁きが下される……」
「よく分からないけど、そうなんだ。そ、それじゃあ、お願いしてもいい? のかな……?」
「近くの骸はセラフィムが失わせる……」
「え、セラフィム!?」
母さんとは別だろうか。
ふと考えを凝らしているとフィエルと名乗った少女は、俺の言葉を待っているようで、この場から動こうとしていない。
『最弱ライゼル!! 賢者が待ちきれないってさ! 賢者にトドメを刺してもらいな!!』
フィエルに何かを言おうとした瞬間、リオネからの叫びと同時に、俺のすぐ目の前には賢者レーキュリが何かの魔法を放とうとしていた。
「うっ!? レ、レーキュリ……!?」
「――求む光は、我が雷光……そこに在る魂を裁け……」
「う、うわっ!?」
「ぐぐっ、うぅぅ……」
かなり間近にいたレーキュリは、傀儡に抗いながらも逆らえずに、魔法を放って来た。
これには避けることは出来ない……そう思って、レイムの力を借りようとしていたが……。
「が、あぁぁぁ……」
「えっ?」
精霊の守りよりも先に俺の前に現れていたのは、騎士が持つ盾のようなものが俺を守り、強固な姿と強さでレーキュリの魔法を打ち消していた。
「……ライゼ……ルさ、ん……」
「え、あ……」
魔法打ち消しの衝撃で、レーキュリは気を失ったようだった。
至近距離で魔法を撃たれても傷を負うことは無いと思っていたが、まさか盾に守られていたなんて、一体どこから現れたのだろうか。
「フィエル、もしかしてキミが……あれっ?」
少女に話しかけようとしていたら、その姿はノワールの前にあった。
まさかノワールを消すつもりなのかと、急いで彼女の所に戻ろうとすると、リオネが俺の前に立ちはだかった。
「ふん、賢者をどうやったかは知らないが、強さの無い賢者なんかどうでもいい。お前が近付いて来たんなら、ここで殺してやる! 魔剣に込めた恨みの炎だ! 跡形も無く消えろ、召喚士!!」
召喚フィエルとノワールに気を取られすぎた俺に対し、しびれを切らしたリオネがそれまで構えようともしなかった剣を振り上げ、既にエンチャントをされた魔剣を俺目がけて振り下ろして来た。
この瞬間、さっきの盾が現れるのではと思っていた俺だったが、俺に覆い被って来たのは空に高くそびえるほどの大きな翼である。
盾でもなく精霊でもないその姿は、鋭い嘴をさせた鷲に似た獣だった。
「な、何だ、お前……何を召喚した!? 人間の子供はどこに隠した……? ふ、ふざけるな!!」
魔剣士リオネは驚きを隠せず、鷲に守られている俺に向かって叫んでいる。
ここで思い出したことがある。
かつて冥界のクリュメノスと、サーベラスを召喚した時のことだ。
トルエノがいたあの時に召喚した直後、俺の前にはただの老人と可愛らしい犬たちが現れた。
イゴルにバカにされていたが、その正体は冥界の存在だった。
今回は光の天使を召喚したはずが、現れたのは少女ただ一人。
これはまさか――。
「がっ!? は、離せ!! 何をする化け物めが!!」
「魔剣士リオネ。攻撃意思を削いで魔剣を放し、みんなを解放してくれないか?」
「欺いてほざくな! 殺せ!! 村のみんなや仲間を滅したように、さっさと殺せ!」
「……俺は君を殺すつもりは無い。でも、俺には如何なる攻撃も呪紋も通用しない。それでも向かって来るつもりなら、好きにすればいい」
「あたし一人を生かしたところで、お前がしたことが赦されるとでも思ってるのか?」
「上級召喚士ルジェクとイゴル……あの二人に従い、無関係な村を襲いながら俺を攻撃して来たことが、正しいことなのか?」
「あんな雑魚召喚士に従った? アハハハハッ! 無関係な村の連中だろうがそうでなかろうが、弱い奴が悪い。リエンガンにいた連中も同じことだ。魔剣士に弱い奴は必要ない! 迷宮都市に暮らすただの人間も、ことごとく消してやった! 全ては強き世界を作る為だ」
「……ここに来るまでに無差別に魔剣士を消して来たこと、それすらも正しいのか?」
「それ以外にあるとでも? 甘いね、ライゼル。闇に呑まれた召喚士がして来た滅し方とは、そもそも違う。あたしらがして来たことは正しいのさ! 強い者を生かすことが、正義さ」
「……俺とは相容れない、殺して来たことに何も後悔を持たないと言うのなら、俺はお前を消す!」
滅して来たのは事実……そうだとしても、魔剣士リオネがして来たことの方が邪悪だったようだ。
「ライゼルほどじゃないが、あたしは自分自身に呪紋を施していてね……あんたが最強の召喚士だろうが化け物だろうが、あたしを死なすことは不可能さ」
「……呪紋」
「賢者と召喚士の殺し合いが半端に終わったのは残念なことだけど、リエンガンを壊滅してくれたことは感謝しとくよ! ルオンガルドは、次に来た時にでも奪わせてもらう。フフッ、じゃあねライゼル」
「――ま、待てっ!!」
俺の攻撃では死なず、滅することも出来ないと言い放ったリオネは、隙を見て空から地上に降りようとしている。
このままでは逃げられてしまう……そう思っていた直後だった。
「……ごふっ、が……がはぁっ……な、なん――ライゼ……ル、滅びの召喚士……くそがぁぁぁぁぁ!! 離せっ、離れろっ!!」
えっ? 逃げられたと思っていたのに……。
リオネの姿は、手と足、顔、部位の全てが光状の鎖で、拘束されていた。
「ライゼルの望む姿、形……フィエルは、聞き入れ、実行する。魔を失わせ、消す?」
「そ、そうか、天使だから滅するじゃないんだ……捕まっているから逃げようも無いとは思うけど、逃げられないようにしてもら――」
「フィエルは魔なる者の足を消して、後肢にする……」
「――え?」
今までの召喚とは何かが違うと感じていると、フィエルは魔剣士リオネの足を消し、動物の肢に変え始めていた。
これはまさか、人間としての姿を失わせる力――?




