127.セラフの器と時経て邂逅 後編
「――そう……それを、あなたは強く望むのですね。では……身に持つ古と共に、故郷の地へ踏み入れることです。さすれば、次なる与えを受けられます……」
「故郷の地……ロランナ村に? そんな、それは……俺が行ったら村は」
「そこが目覚めの地であり、バリーチェの為、彼女の為でもあるのです。怖い、ですか?」
母であり、召喚セラフィムでもあるセラフに願ったのは、もちろんアサレアを目覚めさせることだった。
その答えは自分自身が望まないものであり、想像もしていない言葉だ。
ロランナ村に戻れなくなったのは、そもそもトルエノの力を借りて闇を強めた結果によるもの。
俺を散々虐めて来たかつての召喚士仲間である、イゴル、ルジェク、オリアンの三人を冥界送りにしたことで、俺は世界を敵に回した。
さらに言えば最弱だった俺と違い、三人に依怙贔屓していたギルドマスターをも懲らしめた。
懲らしめ程度に留めたことにより、世界中の人間に追われる羽目になったことも戻れない理由となった。
アサレア自身も、ロランナ村に戻らない意志を貫いたことも関係している。
イゴルたちを滅した俺だったが、ロランナ村そのものを傷つけたくない思いがあり、同時に甘さが勝ったことで、二度と戻らないつもりでいたはずだった。
それだけに怖いという感情や弱さは、自分の中にはすでに無い。
「今は怖く無いんだ。でも、でも……村に戻れば、村そのものが無くなる気がするんだ……」
「……そう、あなたは闇黒を求め、願い、力を欲して身を委ねたのですね……」
「う、うん。だから俺が行くわけには……」
「……我が息子、バリーチェ……世界を支配する存在。あなたは人間をどうしたい?」
「え、世界を支配? 人間を……俺は、俺は――」
目を閉じたアサレアの身を借り、見えない翼で浮いている天使セラフィムは急ぐ答えを求めずに、俺の言葉に対し、穏やかな空気で待ってくれている。
「答えなくとも、古の武具が導き出します……」
「古の武具?」
「アーティファクト……ロランナの英雄、クラヴォスが持ち去ったものです。迷宮都市で出会えたのですか?」
「え、英雄クラヴォス!? リエンガンにいた魔剣士の――」
「彼から託されたアーティファクトならば、あなたが村に踏み入れたその時より、運命を与えられることでしょう」
リエンガンに古くからいたクラヴォスが、ロランナ村の英雄……そんな凄い人に救われたのか。
光に還したアインは、生粋の魔剣士とか言っていた。
「母さん、ロランナ村は魔剣士の村……?」
「いいえ、祖の英雄が集い守り続けた村……私は光、あなたの父は闇を与えた者。魔剣士の多くは、闇に打ち勝ち、村を守っていたのです」
「親父の闇と母さんの光が村から消えたことで、どちらでも無くなっていた?」
「しばらくはそうだったのでしょう……戦いを望む者が増えれば闇に惹かれ、いずれ村全体を覆うものとなる。あなたはどちらにもならずにいた」
「え、でも……」
俺が虐められていた時は、すでに闇の方が濃かったということか。
「ロランナ村にお戻りなさい。光を極めたバリーチェなら、闇黒の娘を支配出来ることでしょう」
「闇黒の娘……」
「アサレア……彼女を神聖のエルフの傍に置き、あなたは氷姫の龍と共に、龍脈から力を辿るのです」
「母さん、お、俺は……」
「バリーチェは光と闇を支配し得る子。人間に畏れる気持ちが無いのなら、あなたが望む世界を築き上げなさい。そうすればきっと――」
「――あっ」
母の意思として話す時間が限られていたのか、召喚セラフィムはアサレアから離れ、彼女の体はゆっくりと俺の両腕に降ろされた。
母に会えたことは嬉しく思えたし、アサレアが目覚める場所も知ることが出来たのに、やはり避けては通れないのが故郷への帰還。
今さら避けるつもりは無いし、セラフ母さんに示された以上は決めるしかない。
俺の意思とは関係なく、召喚セラフィムは天に還って行った。
話が済んだ頃にはここに戻るような言い方をしていたこともあって、ひとまずここで賢者が来るのを待つことにする。
抱えたアサレアの寝顔は穏やかに見え、苦しんでいるように見えないのが幸いかもしれない。
そうして空高い場所でしばらく待っていたが、賢者レーキュリはなかなか姿を現さなかった。
そんな中、見えるはずのない崖下の町から、ざわめきに似た気配を感じてしまう。
まさか何か起こっているのか。
ルオンガルドを襲って来るとしたら、考えられるのは魔剣士の残党しかない。
アサレアを抱えながら、俺は崖下の町に戻ってみることにした。




