113.虚言の死霊術師、反抗する 後編
「……ノワに近づいてみないと様子もうかがえないし、ここは頼めるかい? キア」
「わぅ! キア、ライゼルさまのお役に立つ~」
「キアだけでよろしいのですか? わたくしも――」
「いや、ルムデスには後で動いてもらいたいんだ」
「承知致しました」
ずっと自分から前に出て戦っていたせいか、本来は支援系のルムデスまでもが前に出ようとする。
しかし本来は、もっと召喚としての役割を担わせるべきなんだろうな。
キアは俺の指示通りノワの元に向かって、駆け始めた。
元々は狂暴な狼として、バルカ段丘に居座り続けたほどの実力がある彼女ということもあって、人の姿から狼の姿に戻った彼女の機動力には、目を見張るものがある。
「ふん、獣にしては早いな」
「ルナよりも?」
「空であれば我の方が早いのに、土の上を駆ける時は獣に負けるのか~」
「ま、まぁまぁ」
「アンデッドはどうするのだ?」
「相性があるだろうから、キアにはそのままノワの所まで近付いてもらうことにするよ」
「やっつけないのか?」
「ノワ……あの子が攻撃意思を無くせば自然と消えていなくなるだろうし、動きを封じるだけで十分かな」
キアを行かせたことで、この場にはルムデス、イビル、ルナの三人が戦闘態勢を取って残っている。
このままキアがノワの近くに行ってくれれば、説得は出来そうではあるが……。
「何だ、お前? 嘘つきの召喚士の仲間か? ライゼルを出せ!」
「ライゼルさま、嘘つきじゃない! ガウゥッ!!」
キアに対して特に細かな指示は出していなかったが、様子を見る限りでは穏やかに事が済みそうに無さそうだ。
正気じゃないノワは、手にしている杖のようなものを掲げ、慣れていない動きでキアに向かって振り回し始めた。
獣の姿で素早く動くキアは、ノワの攻撃に当たる気配は見せていなく、ひらりとかわし続けている。
「ライゼルさま、やはりあの子は何者かに意識を乗っ取られているのでは?」
「ここからでは何とも言えないけど、アンデッドが急襲しそうじゃないし、キアに任せていれば――」
なるべくどちらも傷つくことなく、説得出来れば……そう思いながら、動きの鈍いアンデッドを足止めしていた時だった。
『嘘嘘嘘嘘……つきつききき……召喚――ライゼ……呪――』
「な……何だ? アンデッドが言葉を発している!?」
「お下がりください、ライゼルさま!」
「キアはどうし――!」
ノワに対し余裕で相手をしていたように見えていたが、いつの間にかキアが戦っているのはアンデッドの群れだ。
もちろん、やられることはないが群れの隙間から抜け出し、俺の所に戻って来るには厄介そうに見える。
少なくともこんな高等な死霊術を使いこなすことは出来ないノワだったはずが、気づけば俺の目の前に立っていて、キアに向けていた杖を俺に向けて振り下ろそうとしていた。
「うううっ! 当たらない、当たらない!! どうして、どうして!」
「ふふ、やはり子供のすることですね。こんな動きでは、ライゼルさまに当たるはずがありません」
正確に言えばルムデスに守られなくても、ノワの攻撃は精霊たちによってはね返していたが、ルムデスの手によって杖は取り上げられていた。
「うー!! 召喚士にみんな騙されているんだぞ!! エルフのお前もどうして分からないんだ!」
「ノワこそどうしたのですか? そんなことを言う子では無かったはずですよ?」
「こ、このこのこのーー!!」
ノワの抵抗空しく、杖はルムデスに取り上げられ、俺への反抗はあっさりと済みそうだった。
「――とにかく、ライゼルさまにどうしてこんなことをしたのですか?」
「ボクは聞いたんだ。召喚士は人間を全て滅ぼして、世界を破滅させるんだって……ボクは人間なんだ。そんな奴と一緒にいたなんて、後悔しか出来ない。隙があったら、ボクも滅ぼすつもりだったんだろ?」
「え? 滅ぼす……?」
「そう聞いたんだ! ボクをよく知るあの人が、そう言って教えてくれたんだ。だからリエンガンに連れて来たんだろ? 何とか言え、ライゼル!! 嘘つき!!」
誰かに聞かされて強く信じ込ませられたのか。
それにしたって、この取り乱し方は……。
「ライゼルちゃん、余所見をしていては駄目よ~?」
「――うっ!?」
全く気付かずにいたが、ノワの話を聞いている間に針のようなものが飛んで来ていた。
当たって傷を負うことはないにしても、明らかに急所に向けられていたようだ。
「だ、大丈夫ですか、ライゼルさま!」
「問題ないよ。イビルが受け止めてくれたからねって、そ、その腕は?」
「あらあら、呪い付きの猛毒の針だったみたいね~……ルムデスちゃん、神聖魔法をかけてくれるかしら~?」
「え、ええ……しかし、一体誰が」
イビルは植物妖精マンドレイクではあるが、普段は俺と同じ人間の姿を保ち続けている。
敵からの攻撃が植物系であれば傷がつくのは稀で、猛毒だったとしても彼女の力だけで対応出来るはずなのに、呪紋を付した針を飛ばして来たらしい。
『所詮、子供か。まぁ、その程度だと思っていたが、獣とエルフの動きを封じただけで良しとするか』
やはりそうなのかと思いたくは無かったが、聞こえて来る声は味方と思っていた彼の声だった。




