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エレベーターで降りた先は、幻想的な空間だった。私は池の上に立っている。でもここは水の中だ。
大きな魚が水の中で泳いでいて、まるで私に「ついてこい」と言っているように寄り添ってくる。私はその魚……シーラカンスのような魚の鱗に触れながら、前へと進む。
水の上をひたすら進んだ先、川があった。もうわけが分からない。ここは池の上で、水の中で、更にその中を川が流れている。
そしてその川の向こう側、見覚えのある人物が居た。
「兄貴……?」
あぁ、本当に会えた。単なる都市伝説、ちょっと危ない噂が飛び交っているだけのVRゲームだと思っていたのに。
「兄貴……ごめんね……私は兄貴の代わりになれないよ……」
父も母も、兄が死んだ時……ひたすら泣き叫んだ。
私はと言うと、涙なんて一滴も出なかった。ただ目の前で眠る兄が綺麗すぎて……死んだなんて思えなくて……。父も母も私は何て白状なんだと思ったに違いない。死ぬのは兄じゃなく、お前だったら良かったのに……と思ったに違いない。
ようやく兄が死んだと実感できたのはお葬式の時だった。
今でも覚えている。兄の同僚や友人が沢山来た。その誰もが泣いていた。中には膝から崩れて兄の位牌に手を伸ばしながら泣く人も居た。
その時、本当に死んでしまったんだと、私はようやく理解した。
理解して……泣いた。その時一気に兄を亡くした絶望感に襲われた。
もう次なんて無い。
兄はもう戻ってこない。
もう……兄とは会えない。
私はその事実に蓋をすることにした。兄が死んだ事を忘れて……いつか帰ってくるなんて思いながら……
「ねえ、兄貴……私も……そっちに行っていい?」
もうこのまま兄の居ない世界で過ごすなんて嫌だ。もう、一人は嫌だ。
「兄貴……」
兄に手を伸ばしながら……一歩川へと踏み出した。その瞬間、川幅が広まってしまう。兄が遠くになってしまう。
「なんで……嫌だよ……私もそっちに連れてってよ!」
川へと入り、どんどん進む。でも体が沈む。さっきまでは水の上に立っていたのに、水の中でも苦しくなかったのに、その川は立てないし苦しい。進んでも進んでも、兄は遠くなる一方。
「兄貴……お兄ちゃん……! 行きたいよ……私もそっちに行きたいよ!」
その時、川の向こうにいる兄の口が動いた。
そんなの聞こえない筈なのに、私の耳には……はっきりと聞こえた。
『ありがとうな。じゃあ……行ってくる』
※
心電図の電子音が耳に届いてくる。それと同時に、誰かがすすり泣いているような声も。
目を開けると、白い天井に点滴、それに母親の顔も見えた。
「お……か、ぁ、……さん……?」
擦れる声で母を呼んでみた。その瞬間、母はまるで幽霊でも見ているかのような表情で、私の顔を覗き込んでくる。そのまま母は廊下へと飛び出し、病院の先生らしき人の名前を連呼しながら走っていく。
ここは現実……なんだろうか。体が動かない。かろうじて首が動かせるくらいで、ゆっくり左右を確認してみる。お見舞いであろう果物や、花束が沢山置いてあった。誰がこんなに持ってきたのだろうか。私にそんなに友達なんて居ないのに。
あぁ、なんだか眠い。
もう一度……寝よう。
もう一度……もう一度だけ……
※
タクマさんが在席中です。
大熊猫さんがログインしました。
大熊猫:ヤッフー(´-`*)
タクマ:ヤッフー……じゃねえよ。お前何してんだよ( ゜Д゜)
大熊猫:タクマさんもお見舞いに来てくれたんだってねぇ。ありがとねぇ(*´Д`)
タクマ:俺の巨峰返せ
大熊猫:美味しく頂きました(*'ω'*)
タクマ:テメェ!( ゜Д゜)
大熊猫:ところでタクマさん。私のVRにハッキングしたのタクマさん?
タクマ:そんな物騒な事してないわ。ただチョロっと侵入したっていうか……
大熊猫:世の中ではそれをハッキングと……
タクマ:お前のお母さんに泣きつかれたんだよ! 娘が帰ってこないって!
大熊猫:まあ……まさか二年もあのVRの中に閉じ込められてたとはねぇ……時間の流れって早いもんだぜ。
タクマ:反省って言葉知ってるか?
大熊猫:すんませんでした……でも良くハッキングできたね。あの鍵が入ってた鞄とか穴とかメダルとか騎士とか……タクマさんの仕込みっしょ?
タクマ:まあな。
大熊猫:ところで分からない事があるんですが、先生(´・ω・`)
タクマ:なんじゃ。
大熊猫:私があの時手に入れた鍵……あぁ、血まみれの鍵の方ね。あれって何処で使う奴だったの?
タクマ:あー、あれは研究室の鍵だ。ちなみにお前はそこに侵入して何度もゲームオーバーになってる。だから見つけにくくしたのに……なんで最後の最後も見つけるんだよ。
大熊猫:だってこれ見よがしに手がかりの写真が落ちてたから……つい……
タクマ:あー、そういえばあったな……
大熊猫:それでさ、タクマさん。私、会えたよ。
タクマ:死んだ人間にか?
大熊猫:そうそう。所詮は私の脳が作り出した映像かもしれないけど……
タクマ:まあ……な。それで……どうだった?
大熊猫:別に何も変わらないよ。私はこれからもVR漬けじゃ(*'ω'*)
タクマ:反省って言葉しってるか?!
大熊猫:VRに罪はないもんね! 私、もういつの間にか二十一だけど……また大学行くんだ
タクマ:ほー、いいことじゃ
大熊猫:そっち関連の勉強したいんだよね
タクマ:どっち関連?
大熊猫:VRとか……ハイテク関係。
タクマ:なんでまた( ゜Д゜)
大熊猫:んー。私は二年も掛かっちゃったけど……なんていうのかな。一応恩返し的な……
タクマ:あんな目に遭って良くそんな事言えるな……っていうかご両親に謝ったか?! お見舞いにきてくれたご友人方にお礼言ったか?! っていうか君の友達美人多いな! 今度紹介しろ!
大熊猫:謝った謝った。もう床に穴が開くくらい土下座しまくった。まあ……最初は滅茶苦茶親父殿に叱られたけど……なんとか……ね。あ、友達紹介はパス。っていうか私のリアルどうやって割り出した!
タクマ:いやいや、あれだけニュースでやってたら……どんなバカでも気づくわ。おまけに俺の所に警察が来たぞ! 直前までチャットしてたってだけで!
大熊猫:あー(*'ω'*)
タクマ:反応薄っ! っていうか友達紹介してくれないなら……嫁にこいやぁぁぁ!( ゜Д゜)
大熊猫:別にいいよ。
タクマ:えっ、マジで?
大熊猫:……いや、やっぱ待って
タクマ:え、え?!
大熊猫:私今、やりたい事が沢山あるのよ。とりあえず全部網羅するまで待ってくれ
タクマ:待てるかぁ! もう寝る!
大熊猫:はーい、いい夢見てねー
タクマ:はいはい、おやすー
タクマさんがログアウトしました。
大熊猫:……
大熊猫:私ね、あんな目にあったけど……あの島の風景は好きだったんだ
大熊猫:できる事ならもう一度……あそこに潜りたいとさえ思ってる。そんな事言ったら色々な人から怒られるだろうけど。
大熊猫:だから今度は……自分で作るよ。
大熊猫:というわけでおやすみ
大熊猫:二年もこんな私に付き合ってくれてありがとう。大好きだよ。
大熊猫:だから……これからもよろしく(*'ω'*)b
大熊猫さんがログアウトしました。
タクマさんがログインしました。
タクマ:…………
タクマ:お疲れ様。
タクマ:…………
タクマ:俺は次のVR制作に取り掛かる
タクマ:二年もプレイしてくれて、ありがとう
タクマさんがログアウトしました。




