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石が大雑把に積まれて階段のようになっている。
私はその階段を一段、一段……ゆっくりと上がっていく。
その先に広がるのは、まさに目を疑う光景。
私はそこまで階段を上ってきたわけでもないのに、島一つを丸々一望できる場所に立っている。
それを見た瞬間、私は絶望と感動に襲われる。
その島の中央には、明らかに人の手で作られた塔のような物が聳え立っていた。塔周辺にもドーム型の建造物があちらこちらに見て取れる。だがそのどれもが自然に浸食され、見るも無残な姿。
鉄と石、まるで現代と古代の技術を合わせて作られたかのような建造物。
塔のような物は大半が元々あった山を削り取って、鉄を張り付けられたかのような歪な形。
でも何処か、その見るも無残な姿は美しい。まるで自然に浸食されて初めて完成した、と自慢気に塔自身が誇っているかのようだ。鉄の部分は錆びてボロボロなのに、それを補強するかのように苔や植物の根が張り付いている。ドーム型の建造物も同じように全体が錆びていて、こちらは異様な不気味さを醸し出していた。まるで中から何かが生まれてくるかのような雰囲気だ。
私は島を観察しながら、どうやってあそこに行こうか……と考えていた。
あそこに行きたい。あの美しい場所に。行ったら戻って来れないと、もう一人の私が警告する。
でも……行かないと。私はあの美しく、歪な島へ行かないと。
※
島へと辿り着くのは然程難しくは無かった。あの島を一望出来る階段と同じくらいの階段を降り、ちょっとした獣道を越えるだけで、島へと続く橋が。
その橋も鉄製で、錆に浸食されていたけれど、そこまでボロボロというわけでも無かった。ただ狭い。私のような小柄な人間が一人、やっと通れるくらいの幅しかない。ちゃんと手すりが付いていたので、橋から落ちるなんて事は無いだろうけど、なんであんな狭い橋なんだろうか。元々人が通る事を想定していないのだろうか。
いや、そんな馬鹿な。この島は明らかに人が住んでいた痕跡がある。今は人の気配など微塵もしないが、島へと入った瞬間、目の前に親切にも注意書きの看板が立てられているくらいだ。
「よく読めないな……」
看板も当然のように錆と苔に覆われていた。まるで廃園になった遊園地、そんな心霊スポット的な不気味さを感じる。しかし今は幸いな事に太陽が真上にある。これで夜だったら泣いてしまうかもしれない。
注意書きと思われる文章が書かれた看板。読める文章だけだと、どうやらこの島で疫病が発生したらしい。そのせいで島は破棄されたようだ。よく見ると、看板の周りには衣類や子供の玩具が散乱している。そのゴミの中に、小さな鞄が。小学生くらいの子供が、上履きを入れる為に持つような鞄。
恐らく母親のお手製だろう。可愛らしい犬の絵と名前が刺繍されている。
「タクマ……男の子のカバンにしては可愛すぎる……」
その鞄を拾い上げてみると、中から小銭のような軽い音がした。そっと開けてみると、そこには何処かの鍵が。随分古そうな鍵だ。まるで時代劇に出てくるような、黒い棒状の鍵。酷くボロボロで、もうすぐに折れてしまいそう。
とりあえずと、そのカギだけをポケットの中に入れた。何処かに仕えるかもしれない。まるで空き巣のような発想を展開しつつ、本格的に島の内部へと。疫病云々は別に気にする必要は無いだろう。この島にはもう人は居ないみたいだし、もしかしたら動物からうつされるかもしれないが、感染した所で私に帰る場所など無い。今はこの島を探索したいという欲求のみが私を支配している。
その島の道は意外にも歩きやすく舗装されている。橋はあんなに狭かったのに、道は結構広い。大型トラックなら余裕で通れるだろう。そしてその道をまっすぐに進むと、あの塔へとたどり着いた。先程島を一望した時、最初に目へ飛び込んできた建造物だ。
近くで見ると結構大きい。その塔は三角錐の形をしていて、上に行けば行くほど細くなっている。近くまで寄ると金属の部分は錆びて穴まで開いていた。昔、こんな穴に指を突っ込んで、中で巣を作っていた蜂に刺された事がある。今にも穴の中から昆虫がわき出てきそうだ。背筋に寒気が走る。
少し塔の周りを歩きながら観察する。すると小さな牢屋に付いているような扉が。あそこから中に入れそうだ。しかし当然ながら扉には鍵が。
「まさか……ね」
私は先程入手した鍵をポケットから出し、試しに入れてみる。錆びた鉄が擦れ合う不快な感触を感じながら、ゆっくりと差し込み回してみるといとも簡単に開錠された。これだけ錆まみれだと言うのに。しかし鍵は折れてしまい、もう使えなさそうだ。
折れた鍵をそっと地面へと置いた。ゴミを投棄するようで申し訳ない。だからこそ出来るだけ丁寧な動作で。こんな事をしてもゴミの投棄が許されるわけでは無いが、元々この島の物なんだし大目に見てもらおう。
そっと扉を押して中へと。中は薄暗く、何処からか水滴が落ちる音がする。そして生臭い。鉄と植物の匂いが融合されたかのような匂い。別に臭いというわけではないが、不気味さを演出するには十分すぎる。昔良く見たネットの動画に、こんな廃墟を探索するのがあった。そんな動画のオチは、大抵幽霊を見つけて撮影者が慌てて逃げ出すという物。
今、私の脳裏にまさにそんな場面が連想される。この先に進むと、きっと白いワンピースで顔を長い髪で覆い隠している幽霊が居るに違いない。
そんな妄想をするくらいなら、さっさと逃げ出せばいい。でも何故か私の足は塔の内部へと進んでいく。まるでそうしなければならないと言うように。だが薄暗い。時折錆て開いた穴から光は入ってくる物の、足元も良く見えない。靴の裏から感じる感触はひたすら不快だ。ひたすら湿っている生物を踏みつぶしているかのような感触。ぬかるんだ獣道を歩いているようだ。
内部の通路は狭い。あの橋よりは広いけれど、手を広げれば両端の壁へ触る事が出来た。なので幸い……というべきか、どんどん奥へ進む事が出来る。だんだん耳に届く水滴の音も近くなってきた。
「道が分かれてる……」
ある程度進むと左右に道が。さて、どちらへ行こうか。何処かの漫画で人間は本能的に左を選択すると言っていた。よし、右へ進もう。こういう時、私はとことん捻くれていると感じる。人の意見に必ず否定から入るウザいタイプだ。
分かれ道を右へと進むと階段が。これまた狭い階段。しかし薄暗く、足元も滑りやすいので今はありがたい。こんな所で転んでしまえば服がドロドロになってしまう。
ゆっくり階段を上がると光が見えた。まるでここまでおいで、と言っているかのような希望の光。私は迷う事無く、その光へと身を晒した。




