1.精霊の気まぐれ
馬車の窓から外を眺めると、数十台の馬車が列をなして薄暗い道を進んでいくのが見える。
馬車の向かう先は皆同じで、王都の北にあるビーネ宮を目指している。
俺とセシリア姉様を乗せた二頭立ての馬車は、その列の最後尾を走っていた。
馬車の中にはランタンが灯り、車輪のリズムに合わせて暖かな光が踊っている。
しかし、俺とセシリア姉様の間を漂う空気は重い。
どうしてこんな事になってしまったのか。
◇◇◇
国王陛下の衝撃発言の後、舞踏会の会場はざわめきに包まれた。
しかし、国王陛下は意にも介さず、続けて言葉を並べ立てる。
「学園生活を送る上で、身の回りを世話する従者は一人につき一人まで付けることを許可する。
制服や日用品は支給するが、必要な私物があれば各家から個別に届けるように。
また、通貨の単位が異なる三国の貴族が集まることから、学園内でのみ使用可能な新たな通貨、ビーネを導入する。子供にエルンドールの通貨を送っても学園内では使えないので留意するように。
最後に、学園内では国や爵位関係なく、全員を平等に一学生として扱う。
それでは、早速移動を開始せよ」
突きつけられた事実を受け入れきれず、他人事の様に王様の話を聞いていた俺だったが、ホールの反対端に父様と母様の姿を見つけ、我に返る。
一年間の学園生活をこのまま女性の格好で過ごすのか、はたまた男として過ごすのか、どうすればいいんだ!?
判断を仰ぐため、両親の下に向かおうと椅子から立ち上がり足を踏み出した。
しかし、その時――
ガッ!
誰かに左の二の腕をがっちり掴まれてしまったため、進むことは叶わなかった。
「馬車を用意していますので移動をお願いします。ウェールズ伯爵のご令嬢二名は、二十八番の馬車にお乗りください」
振り返ると、受付をしていた紳士が俺の二の腕を掴み、俺の前に立ちはだかっていた。
出入口に近い端の椅子に座っていたため、真っ先に捕まってしまったらしい。紳士に腕を引っ張られ、強制的に馬車へと誘導されてしまう。
肩越しに振り返ってみたが、各家庭が我が子に駆け寄ろうと錯綜しているため、父様と母様は真っ直ぐ進むことができず、到底俺には追いつけそうにない。
結局、俺は両親と会話する前に馬車に押し込まれてしまった。
数分の後に姉様も乗り込んで来たが、やはり両親とは話しができなかったようだった。
そして今、移動中の馬車には不安に押しつぶされそうな俺とセシリア姉様の二人が乗っている。
「姉様、俺どうしたら……」
「こうなってしまったら、しょうがないわ。ビーネ宮に着き次第、本当の事を打ち明けましょう。
一年間の共同生活の中で、男なのを隠し続けるのは到底不可能よ。どうせバレるなら早いほうがいいわ」
意を決したように、セシリア姉様が真っ直ぐ俺を見据えながら言い放つ。
「そうですよね。……その場合、嘘をついていた事で父様や母様は罰せられてしまうのでしょうか」
「……それは、私達が考える事ではないわ」
姉様は言葉を濁したが、それはつまり肯定を意味するのだろう。
どうしてこうなってしまったのか。いっその事、俺が本物の女性だったら良かったのに。
――女性の身体になりたいの?
「それは、女性の身体になれれば当面の問題は解決されるので、なれるものならなりたいですよ」
「クリス? 突然何を言っているの?」
「……へ?」
今、俺は誰と会話していた?
姉様と見つめ合い、同時にサーッと青くなる。すると間もなく、俺の身体が光を帯び始めた。
頭の中には、先ほどと同じ声が響く。
――普通なら対価として片腕位もらっていくんだけど……貴方の場合、女性への変換はそんなに大変じゃないし、面白そうだからサービスしてあげるわ。
どうやら、父様から使用を禁止されていた魔法を無意識に発動させてしまったらしい。
「うぐぅ……」
「クリス、大丈夫!?」
光を帯びた身体は、痛みこそないが異様な程熱い。すると、胸が急に苦しくなって来た。
ぎゅうぎゅうと締め付けられる感覚に耐えられなくなり、無我夢中でドレスの前を寛げ、コルセットの下に押し込んでいた詰め物を外す。
すると、胸の苦しさは和らいだのだが、本来あるはずのないモノがそこに鎮座ましましている事に気がついた。
「ク……クリス、あなた……」
「こ、これは!?」
二つの柔らかな膨らみが押しつぶされることによって、コルセットの中に立派な谷間が形成されていた。
ちょうどその時、ガタンと音を立てて馬車が止まり、続いて扉をノックする音が響く。
「は……はい!」
セシリア姉様が動転したまま返事をすると、馬車のドアがゆっくりと開き、一人の人物がドアから顔を覗かせた。
「失礼いたします。ビーネ宮に到着したのですが、寮に入る前にクリスティーナ嬢にお話が……」
顔を覗かせたのは、暗闇の中にあってもブロンドの髪を輝かせるレオン王子であった。
相変わらず美しく整った顔だが、今は何とも言えない間の抜けた表情をして俺の顔を不自然な程ジッと見つめて固まっている。
いや、俺の顔というよりは、もう少し下か、王子の目線に合わせて自分の目線も下げるとそこには……。
「っうわあぁぁ!」
「し、失礼!」
寛げていたドレスを慌てて両手で引き上げる。
すると、呪縛から解かれたように、王子が謝罪の言葉を叫びながら真っ赤な顔で急いでドアを締めた。
ど、どうしよう。本当に女になってしまった!
というか、たっぷり三十秒は見ていたぞあの野郎。
こんな格好をレオン王子にじっくり見られてしまい、実は男です。なんて今更言えなくなってしまったではないか。
俺の学園生活は、始まる前から波乱の予感しかしない。