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6.色付く感情※レオン王子視点

 王族は、人間ではない。人間を従わせ導く、人間を超越した存在でなければならない。


 これは、我が父であるハロルド・エルンドール国王に子供の頃から呪縛のように言い聞かせられて来た言葉だ。


 エルンドール王国の第二王子に産まれてしまった私は、疑問を抱くことすら許されず、その言葉を人生の指針としてこれまで生きてきた。


 王族として自分を押し殺し責務を全うする、これが私の日常であった。


 だから、十五歳の誕生日の一ヶ月前に父上から唐突に呼び出され、三国共同の学園を作るのでその生徒会長として学園を取り仕切るように命じられた時も、動揺もせずただ諾と答えたのであった。


◇◇◇


 目ぼしい人材が、なかなかいないな。


 舞踏会の会場でにこやかに挨拶をしながら、これから一年間生活を共にする仲間達を観察する。


 エルンドール王国の生徒の中から、もう一人生徒会役員を選ぶ権利があるのだが、なかなか適任の人材が見つからない。


 王族で固めたくないのだが、このままだと妹のジュリアを選ぶことになりそうだ。いや、しかしジュリアには他に任せたい仕事があるので、身分の高い公爵家から選出するかなどと考えながら、最後の招待客を迎え入れる。


 確かウェールズ伯爵の所は、長女のセシリアと長男のクリスの二名が対象だったはず。


 舞踏会の前に頭に入れた招待客リストを思い浮かべながら、リストの名前と目の前の顔を照合していく。


「最後に……次女のクリスティーナでございます」


 ウェールズ伯の"次女"という言葉を聞いて、瞬間またかと思った。


 事前に作らせた招待客リストは、なにせ超短納期で作成されたためかミスが多い。ローズがローゼになっていたり、アークハルツがアークになっていたり。

 しかし、性別まで間違っていたのは今回が初めてだ。


 だが、そんな逡巡もクリスティーナが顔を上げた途端に吹き飛んだ。


 栗色の豊かな髪は、繊細に編み込まれ、キラキラと輝いている。吸い込まれるような透き通った大きな青い瞳がパチリと瞬きをする。美しい瞳と同じ青色のドレスを纏った彼女は、まだ少し幼さが残っているものの、間違いなくこの会場の中で一番の美少女であった。

 身内びいきかもしれないが、妹のジュリアも随分可愛らしい顔立ちをしていると思っていたが、妹とはまた違う不思議な魅力を少女は纏っていた。


 緊張した面持ちで、ぎこちなく笑みを作る様も、実に愛らしい。その小さな口からどのような挨拶が紡ぎ出されるのか耳を澄ませると、予想外の言葉が飛び込んできた。


「よろしくお願いいたします。こんなに沢山の人々に一人ひとり対応されて、王子殿下は大変ですね」


 一瞬、何を言われたのか理解することができなかった。

 その少女の言葉は、実に稚拙で平易な言葉であったが、私が普段受けている慇懃な定型の挨拶ではなく、心が籠もった言葉であった。


 これまで私は、王族として対人関係に一線を引いてきた。また、その線を越えようとする者も私の周囲にはおらず、皆私を人間を超越した存在として扱った。

 そんな私にとって、線を飛び越えて掛けられた少女の親しげな言葉は、乾いた土に水をやるように、心に深く染みわたった。


「娘が大変失礼いたしました! この様な場に慣れておらず、緊張のあまり思ってもいないことを!」

「ウェールズ伯、かまいません。クリスティーナ嬢、お心遣いありがとうございます」


 私は、最大の敬愛の念を込めて、彼女の手の甲に口付けた。


◇◇◇


 エルンドール王国の第二王子として今するべきことは、参加者の中で最も身分の高いメリー公爵家の一人娘、エメラルダ・メリーにダンスを申し込むことである。


 しかし、今私の目の前に居るのは、この会場の中では最も身分の低いウェールズ伯の次女、クリスティーナだ。


 今まで王子として生きてきて、感情に飲まれず自分をコントロールすることには自負があった。

 しかし今は、どうしようもなく自分を突き動かすこの感情を制御できずにいた。


 いつもの自分であれば、最初にダンスを断られた時点で引き下がっていたはずだ。

 しかし、気がついた時には強引にダンスに持ち込んでしまっていた。


 メリー公爵令嬢を差し置いて伯爵令嬢と、しかも私が淑女のポジションでワルツを踊ることになるとは舞踏会が始まる前までは想像もしていなかった。


 踊り出してみると、クリスティーナは小さな身体の割に意外と力強くホールドを張った。しかし、体格差があるためか、危なっかしくよろけてしまうシーンも何度かあった。

 彼女には悪いが、一生懸命に私をリードしようと頑張る姿を間近で見ているのはとても微笑ましかった。

 今まで、ダンスにおいても人間関係においてもリードする側にしか回ったことがなかったが、たまにはリードされるというのも悪くない。


 しかし、男としてリードされるばかりでは、やはり多少物足りない。少しは格好をつけさせてもらいたいなと思っていた所で、タイミング良くクリスティーナが胸の中に飛び込んできた。


「必死にリードして下さるあなたはとても可愛らしくて、このままずっと踊っていたいのですが、最後に少しだけ私にもリードさせていただけませんか?」

「え?」


 彼女が答えるのも待ちきれず、手を組み換えクリスティーナの背中に手を回し主導権を奪う。腕の中に居る彼女をリードするというのも、またどうしようもなく心が踊る。


 今までダンスは責務の一環としか捉えておらず、特になんの感慨もなかった。

 しかし、今この度のダンスを私は心の底から楽しんでいた。

 普段動かない感情が、彼女に合ってから色付き、目が回ってしまいそうだが、けして悪い気はしない。


 私は人間を超越した存在などではなく、ただの一人の人間であることを生まれて初めて強く実感した。

これにて一章は終了です。

二章は、11/3からスタートする予定です。

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