10.卒業の舞踏会※マルク王子視点
形式的な卒業の式典が終わった後、これからホールで舞踏会が開かれる。
学園生活最後の日ということで、今日のホールは装飾も実に華やかだ。
当初の予定であれば、この場でフローラ姉様とレオン、ローレンとジュリアの婚約が発表されるはずだった。
しかし、今ホールの中心で手に手を取り合っているのは……レオンとクリスティーナの二人。
「一年間隠し続けてきたこの気持ちを、今こそ貴女に打ち開けたい」
クリスティーナの気持ちがレオンに向いていると気が付いたのはいつだったか。
もうとっくに諦めたはずだ。
フローラ姉様に悲劇が起こる直前――――ヘーゲル山の東屋で見たクリスティーナの表情。
学園生活が始まってからというもの密かにクリスティーナを見つめ続けて来たが、彼女のあんな表情は初めて見た。
恋を知ったクリスティーナは、今までのどんな時よりも美しかった。
あの日、クリスティーナの幸せの為に身を引く覚悟を決めたんだ。
「……一年間隠し通せたお気持ちであれば、このまま一生胸に留めておいてはいただけませんか」
「クリスティーナ、貴女は本当に優しい方ですね。貴女に気持ちを伝えることで全てを失うことになったとしても後悔はありません。私は、もう覚悟を決めました」
ギリッと奥歯が鳴る。
全てを失う気などサラサラない癖に白々しい。
地位も名声も手に入れている癖に、クリスティーナまでをも手に入れようとするレオンが憎い。
きっとクリスティーナは、あの日見せた様な表情でレオンを見つめているのだろう。
見ない方が良いと分かっていても、ついクリスティーナへと視線が吸い寄せられてしまう。
ほら、やはりクリスティーナは、あの日の様な表情を……………………していないな。
え、ちょっと待て。驚く程いつも通りの表情だぞ。
ずっと彼女を見つめて来た私が言うのだから間違いない。
あれは、ただただ困惑している顔だな。
どういう事だ?
「取り込み中、失礼いたします」
その時、ホールにフローラ姉様の声が響き渡った。
あぁ、そうか。フローラ姉様との婚約の件を気にして、あの表情なのか。
「ルーベンブルク王国は、この学園設立に同意、参加する報酬として、卒業時にレオン殿下を我が国にお迎えするお話がありましたが……半年前に起きた不祥事の責任としてルーベンブルク王国は本権利を放棄いたします」
フローラ姉様の事実上、婚約破棄の宣言を持ってしてもクリスティーナの表情は困惑の色を強めるばかりだ。
「そして、半年前に起きた事件の収束のため奔走して下さった、レオン殿下とクリスティーナ伯爵令嬢に敬意を払い、私フローラ・ルーベンブルクは、三国の和平のため生涯尽力する事をここに誓います」
会場内が歓声で湧き上がる。ここに居る誰もが、レオンとクリスティーナの幸せな未来を確信している事だろう。
だが私は違う。恐らくレオンでさえ見たことがないであろう、クリスティーナが恋する表情を私は知っている。だからこそ確信する。
今のクリスティーナはレオンに恋心を抱いてはいない。
クリスティーナは、精霊に条件付きだが恋心は捧げていないと言っていた。条件とは、恋をする事はできるが、レオンに対する恋心をリセットされてしまったのではないだろうか。
一度恋をした事があるのだからまた恋をすることはあるのかもしれないが、少なくとも今はレオンに恋をしていない。
それなら、相手はレオンじゃなくても私でも良いのではないか?
きっと今が最初で最後のチャンスだ。
結局の所、私は何一つ諦められてなどいなかったのだな。
「ちょっと待ってくれ」
前に出て行こうと、足を踏み出した所で横槍が入った。
クロディア王国のアランだ。
「折角の機会だ。私もここに宣言をしよう。アラン・クロディアは、三国の和平のため生涯を捧げるとここに誓う。その証拠として、クロディア王国が保有する換学兵器は卒業後全て破棄する事を約束しよう」
「兄上!?」
弟であるローレンにも言っていなかった事なのか、飛び出して来そうな勢いの弟を手で制するとアランは続けた。
「クロディア王国が保有する換学兵器は全て私が開発した物だ。これから帰国した暁には、生産者の責任として必ず使用不可能な状態にする」
突然の宣言に場内がざわめく。クロディア王国は在学中も特に問題は起こしていないはずだ、これほどの条件を提示する真意は何だ。
「そうだ。ついでと言ってはなんだが、卒業時にジュリア様を我が国で迎え入れる件も一旦白紙に戻そう。三国の和平が結ばれれば、わざわざ婚約をもって縛る必要もあるまい」
そう言い放つとアラン様は、レオンとクリスティーナの下へとズカズカと足を進める。
アランには前に一度クリスティーナを誘拐した前科がある。レオンが咄嗟に自身の背にクリスティーナを隠した。
「エルンドール王国としては、またとないお申し出ですが、どの様なおつもりでしょうか?」
「なに、これから起こす騒動に対しての気持ちばかりの詫びだ」
そう言い放つとアランは、天井に向かって何かを放り投げた。
次回、最終話です。
最後は主人公のクリス視点でお送りいたします。




