9.お見舞い
目を開けると、そこは寮のベッドの上だった。
先程の光景はやはり夢だったのだろうか。
瞬きを何回か繰り返した後、身動ぎしようと身体に力を込めた、その時――
「クリス!!」
セシリア姉様がもの凄い勢いで、文字通り飛んできた。
「ごっふ……!?」
セシリア姉様は俺のお腹の上に着陸すると、背骨がミシミシと鳴る程にぎゅうぎゅうと力強く抱きついてくる。
「セ……シリア姉……様……、ちょっと苦し……い」
必死の訴えが届いたのか姉様は抱きついていた腕を外すと、俺の顔を覗き込んできた。
「目を覚まして本当に良かった」
セシリア姉様の顔は涙やら何やらで、ぐちょぐちょになっている。
「何という顔をされているのですか、仮にも年頃の御令嬢なのですから」
セシリア姉様の顔を拭うために手を動かそうとしたのだが、あれ……腕が異様に重い。
ひょっとして、セシリア姉様に抱き締められた時に腕が折れたか?
「あ、無理に動いては駄目よ。ここ五ヶ月程、クリスは意識不明の重体だったんだから」
「……は?」
俺の体感的にはフローラ様のお部屋での精霊大暴れ騒動はつい先程の出来事なのだが、人間界では五ヶ月も経っていたらしい。
そんな馬鹿な。
◇◇◇
翌日、俺が目を覚ました事が周知されたのか、各国の王族達がわざわざ俺の部屋へとお見舞に来てくださった。
一番初めの訪問者は、クロディア王国のアラン様とローレン様だった。
アラン様は部屋に入ってくるなり、セシリア姉様以上の勢いで突っ込んできた。
「近くにいながら、また大切な者を失うのかと思うと気が気ではなかった……」
どうやら今回の事はアラン様のトラウマを激しく刺激してしまったようで、ガッチリと腕の中に閉じ込められてしまった。
「クリスティーナ……その、兄がすまない」
「いえ、こちらこそ何だか……すみません」
アラン様の腕の隙間から、ローレン様と謝りあう。
「ここだけの話……尊敬しつつも、優秀な兄上に対してずっとコンプレックスを抱いていました。しかし君の事で激しく暴走する兄上を目の当たりにして、やはり私がしっかりしなければと気を引き締められました」
「だから、私は最初からローレンこそが唯一の跡継ぎだと言っていただろうに」
頭上のアラン様から不満の声があがる。
「貴方と兄上の関係について、兄上から聞きました。不思議な縁があったものですね。卒業までにクリスティーナが目を覚まし、こうしてまたお話をすることができて本当に良かったです」
ローレン様がニコリと微笑まれる。
その笑顔は優しさに溢れていて、思わず見惚れてしまう。あぁ、本当に勿体ない。
「さて、クリスティーナもまだ本調子ではないと思いますので、そろそろ失礼いたしましょう。…………兄上?」
なかなか離れようとしないアラン様をローレン様は半ば引きずる様にして退出されていった。
ローレン様、何か本当にすみません。
◇◇◇
次に入室して来たのは、ルーベンブルク王国のフローラ様とマルク様だった。
「クリスティーナ!」
まず真っ先にフローラ様が駆け寄って来て、そのたおやかなる腕で俺を包まれた。
先程のアラン様のゴツさから比べて、何たる心地良さか!!
いつの日か妄想した情景が今ここにある。生きていて本当に良かった。
「クリスティーナ、体調は良いのか? お前が荒れ狂う部屋に飛び込んだ時には、本当にどうなることかと」
「ご心配ありがとうございます、マルク様。ずっと眠っていた関係で身体がまだ重いのですが、おかげさまで元気です。それよりもフローラ様の方こそ、ご無事だったのでしょうか?」
「えぇ、あなたのお陰で私は大丈夫よ。身体を少し見せて頂戴」
そう言うとフローラ様は魔法で俺の身体を癒やしてくださった。
身体が劇的に軽くなり、魔法のありがたさが身に染みる。
その後、フローラ様から今回の精霊大暴走の一件について説明を受けた。
本件はルーベンブルク王国の機密事項に該当するらしいが、俺はあまりにも深く関わってしまったため特別に事の顛末を教えてもらえる事になった。
結論から言うと、今回の件は“クロディアの悲劇”と呼ばれる黒魔法の発動が秘密裏に行われた結果起こった出来事だったらしい。
本件の実権を握っていたのは、ルーベンブルク王国の宰相の地位に居た人物。
宰相はエルンドール王国出身の人間を捕らえ、フローラ様の側近として育てていた。そして、頃合いを見てフローラ様を害すように洗脳していたそうだ。
こうする事で、クロディア王国の民が魔法を使えなくなった様に、エルンドール王国からも魔法の力を奪おうと画策したらしい。
事が起こったあの日、フローラ様の従者であるディアナさんはフローラ様に出す紅茶に毒を盛った。
そしてフローラ様がカップに口を付けようとした瞬間、あの精霊大暴走が起きたそうだ。
俺の魂の母親リューイもエルンドール王国からルーベンブルク王国に捕われた一人だった。何かの歯車がほんの少しズレていたら、フローラ様に毒を盛る役目はリューイだったのかもしれないと思うと、心がザワつく。
「クリスティーナ、お前は精霊を止めるため恋心を捧げると言っていたが……」
「あぁ、その事ですが、色々と条件はありますが、結局恋心は奪われないで済みましたよ」
「はぁ。本当に良かった」
フローラ様が紫色の美しい瞳を潤ませながら、安堵の息を吐かれた。
「あなたには何かお礼をしなければなりませんね」
「身体を癒やしていただいたけで十分過ぎる程です。どうぞ、お気になさらないでください」
フローラ様は何か言いたげであったが、そのまま言葉を飲み込むと、別れの挨拶だけを交わしてマルク様と一緒に部屋を後にされた。
◇◇◇
最後にやって来たのは、ジュリア王女とレオン様であった。
レオン様の姿が目に入った瞬間、自分の異変に気がつく。
レオン様が視界に入っても、以前の様な動悸息切れの症状が全く出ないのである。
呪いの首飾りがないだけで、何という快適さ! 思わず顔が綻ぶのを止められない。
「クリスティーナ! もう起きても大丈夫なの?」
「はい。フローラ様に癒やしの魔法をかけていただきましたので、すっかり元気になりました」
ジュリア王女が心配そうに、俺の下へと駆け寄ってきて顔を覗き込んで来た。
可愛らしいお顔がすぐそこに!!
ちょっと頭を動かすだけで間違いが起きてしまいそうな距離である。
ジュリア王女を至近距離から堪能していると、少し離れた所に居るレオン様から声がかかった。
「クリスティーナの元気そうな様子を見ることができて安心しました。……卒業式の準備で立て込んでいるので、私は先に失礼しますね」
「え? お兄様は、もう戻られてしまわれるのですか? ようやくクリスティーナが目を覚ましたのだから、もう少しお話をされたら良いのに」
「……クリスティーナ。一週間後に卒業の式典を催す予定です。貴女は目を覚ましたばかりですので、それまでゆっくりと身体を休めてください。式典の後には舞踏会を開く予定なのですが、私の話はその時に聞いてもらえますか?」
「はい、もちろん。目が覚めたら、もう卒業というのは少し寂しいですが、式典を楽しみにしております」
レオン様は連絡事項だけを告げると、足早に去っていった。
ジュリア王女と二人きりにしてくれるだなんて、何て気が利く男なんだ。正直、見直したぜハンサムボーイ。
「クリスティーナ、気分を悪くしないで頂戴ね。お兄様は今、貴女のために色々と根回しをしている様なの」
「気分を悪くするだなんて、とんでもございません」
そう言えばレオン様は、俺が本当は男だという件で両親に累が及ばないように手を回してくださると言っていたな。
俺のために奔走してもらっている所悪い気もしたが、貴重なジュリア王女との一時を思う存分堪能させてもらったのだった。
次回はマルク様視点のお話になります。
いよいよ第一章プロローグのシーンが登場です。




