5.六番目の精霊※レオン王子視点
ジュリアを生徒会へ入れなかった理由、それは学園運営に煩わされることなく六番目の精霊を捜索させるためだった。
しかし入学から半年が経過してもなお、確証を得られるような人物を探し当てることはできないでいた。
それが、まさかこんな形で発覚する事になるとは。
アラン様はクリスティーナを連れ去った事は六番目の精霊の件とは関係ないと言い切った。しかし、それは恐らく虚言だろう。
そうでなければアラン様が急にクリスティーナの扱いを変えた事の説明がつかない。
これまで二人の間に特別な交流などはなかった。
クリスティーナの実家であるウェールズ伯爵領は元ルーベンブルク王国の領地で、クロディア王国とは距離的にも文化的にも遠く、学園が始まる前に何か付き合いがあったとも思えない。
六番目の精霊がクリスティーナなのだとすると、アラン様の不可解な行動に納得が行く。
この仮定の確証を得るためには、最後はクリスティーナ本人に確かめるしかないだろう。
私は、彼女の出生について――――精霊の子であるのかどうかを尋ねるべく、手紙をしたためた。
◇◇◇
はじめてクリスティーナと出会った時から、不思議な魅力を持っているとは思っていた。
やはりクリスティーナだったかと納得する気持ちと、なぜ彼女なのかと思う気持ちでぐちゃぐちゃになる。
これまでであれば『全生徒が一年間無事に学園生活を送る』という条件をあえて満たさない事でフローラ様との婚約を白紙に戻し、クリスティーナと結ばれるという道があった。
しかし、クリスティーナが六番目の精霊なのだとすれば、ルーベンブルク王国もクロディア王国も自国に取り込もうと躍起になるだろう。
もしクリスティーナがエルンドール王国の誰かと結ばれるにしても、今のままでは恐らく次期国王となる第一王子のアレクス兄上とだ。
まだこの想いに名前がつく前……仮面舞踏会の前までであれば、気持ちの整理もできただろう。
だが、私はもう踏み出してしまった。
『……知り合ってからの時間があまりにも短すぎます。もう少し時間をください』
アラン様から愛の告白を受けたクリスティーナは明確な拒絶を見せなかった。そればかりか、彼女の表情にはアラン様への親しみが滲んでいた。
ドス黒い感情が湧き出る。
彼女が私以外と結ばれるのは、許容できない。
私は兄を蹴落としてでもエルンドール王国の次期国王となり、クリスティーナを手に入れる。
◇◇◇
昨夜手紙で伝えていた通り、授業終了後に私はクリスティーナの部屋に出向いて彼女を連れ出した。
「どちらに行かれるのですか?」
「秘密の話をするための部屋です」
普段から人通りの少ない北側の螺旋階段を登り、三階と四階の間の踊り場に辿り着くと耳を澄ませて周囲の気配を探る。
近辺に誰も居ない事を確認してから、石壁に隠されているスイッチとなる石を二箇所同時に操作し、秘密の部屋への道を開いた。
「ビーネ宮が要塞として使われていた時の名残りでこのような隠し部屋がまだ残っているのです。この部屋の存在を知る者は、今このビーネ宮に居る人間の中では私だけです。このことはどうか御内密にお願いします」
クリスティーナが顔を強張らせながらもコクリと頷き、部屋へと足を踏み入れた。
「窓もない狭い部屋で落ち着かないかもしれませんが、しばしご辛抱願います」
簡易的なランタンで灯りを確保し、ドアを固く閉ざす。
部屋の中には、小さな机とニ脚の椅子だけが用意してある。
机の上にランタンを置き、席を進めようと振り返るとクリスティーナが跪いていた。
「レオン様、申し訳ございません! 本当はもっと早くお話しなければと思っていたのですが、こんなに遅くなってしまい……」
彼女の発言に確信する。やはりクリスティーナこそが六番目の精霊なのだと。
前で組まれた彼女の手が震えている。
震える手をそっと取り、改めて席を進める。
「そんなに怯えなくとも大丈夫です。まず席へどうぞ」
おずおずと席に着くクリスティーナをエスコートした後、向かい側の席に私も座る。
「この事を知る者は、私の他に誰かいますか?」
「……クロディア王国のアラン様とローレン様のお二人です」
やはり、アラン様は嘘をついていたか。
しかし、まだルーベンブルク王国にこの秘密は漏れていない。私と同様に、昨日のアラン様の様子で勘付いた可能性は高いが……。
「この事は、これ以上他の誰にも話さない様にお願いできますか?」
「え……あ、はい。分かりました」
クリスティーナを改めて観察するが、実態を捉えられない精霊と違い、見た目は普通の人間の様にしか見えない。しかし精霊の子供ということは、いつか人間としての実態を無くし精霊へと昇華してしまったりするのだろうか。
「貴女の身体は……」
「今は一応、女性の身体です。今後どうなるかは分かりませんが」
「そうですか」
彼女自身にも今後の事は分からないのか。前例にないことだし無理もない。
「あの……誰にも話さないという事は、私は女子生徒としてこのまま学園に残っても良いのでしょうか」
「もちろんです」
ようやく、ホッと彼女が肩の力を抜いた。
「それと、ウェールズ伯爵家の両親についてなのですが、何かお咎めがあったりしますか……?」
六番目の精霊という重要事項について報告を行わなかった事は確かに問題かもしれないが……。
「深い事情があっての事と思いますので、厳罰などが下らないよう私の方で手を回しておきます」
「良かった……。ありがとうございます。とても安心しました」
彼女の表情に笑顔が戻ってきた。
しかし、それも束の間、クリスティーナの表情が曇ったかと思うと、彼女はポツリと呟いた。
「……やはりレオン様は……いえ、何でもないです」
私は椅子から立ち上がり、俯いてしまった彼女の頬にそっと触れて、顔を上げさせる。
大きな青い瞳には、私だけが写っている。
ここならば誰も入って来ることは出来ないし、防音対策もなされている――――いや、まだ駄目だ。もう少し準備が進んでからでないと。
「確定的な事はまだ言えないが……もう少しだけ待っていてくれないか」
彼女の服の中に仕舞われていた首飾りの鎖を引き、ペンダントトップを外に出す。
ヨハンが何かお礼の品を準備すると聞いて、急ぎ用意させたお守り。
一つの水晶を砕いて作られるこのお守りは、想い合う者同士を強く結びつけてくれるという。
ただの気休めだったのだが、付け始めの頃は想像以上に想いが高ぶり抑えるのに苦労したものだ。
いや、今もなお気を抜くと全てを捨ててでも彼女を今すぐ手に入れたいという欲望に負けそうになる。
しかし彼女が六番目の精霊なのだとしたら、より慎重に事を運ばなければならない。
一時の感情で下手を打てば、他国からの介入の切っ掛けになるかもしれない。
言葉にはできない想いが少しでも伝われば良いと、ありったけの想いを込めて彼女の首飾りの水晶を握りしめた。
「うひぃっ!」
彼女は小さく悲鳴を上げながら立ち上がり、私の胸元に倒れ込んできた。
彼女の手が服越しに私の首飾りに触れる。
途端に、今までで一番の衝動が襲いかかってくる。
「レオン様……」
身体を密着させた状態で、下から覗き込むようにこちらを見上げるクリスティーナと目が合う。
クリスティーナの頬は薔薇色に染まり息が乱れていて、目の毒以外の何ものでもない。
早鐘のような心臓の音は、もはやどちらのものかも分からない。
クリスティーナの後頭部に手を添えると彼女はビクリと身体を強張らせた。
「あの、レオン様、私は――」
彼女との距離を、さらに詰める。
まつ毛が触れ合うほどの距離まで近づくと、唇になにかが当った。
少し離れてみると、彼女が口元に手を当てていた。
それならばと口元に添えられた彼女の指に唇を落とす。
そういえば、はじめて出会った時にも彼女の手に触れたな。
あの時は純粋な敬愛の気持ちを込めたただの挨拶だったが今は……。
「レオン様、この首飾りを外してください。付けられたという事は外せるのですよね?」
……正直、外すことは出来る。しかし特殊な加工が施されている鎖なので、鍵となるパーツを部屋まで取りに行かねばならない。
何より首飾りを外すことはクリスティーナとの繋がりを絶つ様で、どうしても躊躇してしまう。
返答に悩んでいると、焦れたクリスティーナが私の服に手をかけ始めた。
「クリスティーナ?」
私のブラウスの前を開けて首飾りを取り出し、先程の私がした様にペンダントトップの水晶をギュッと握りしめた。
「くっ……!!」
ギリギリのところを理性で必死に抑えていた感情が暴れだす。
衝動的に目の前の彼女を力強く抱きしめた。
六番目の精霊の正体はクリスティーナだと確信するレオン様VS男だとバレたと思っているクリス
半年間の呪いの首飾り生活でグラグラなクリスですが、いずれ辿りつくのは第一章プロローグですのでご安心(?)を。
次回からは、またクリス視点に戻ります。




