4.三通の手紙
アラン様による連れ去り事件があった日の夜。
日中のゴタゴタで疲れていた俺は、いつもよりも早めにベッドに向かうべく寝る準備を急いでいた。
そこに三通の手紙を持ったマリサが現れた。
「クリス坊っちゃま、素敵な殿方よりお手紙をお預かりしておりますよ」
嘘だろ……今日のゴタゴタは、まだ終わらないらしい。
◇◇◇
寝支度を整え、マリサから受け取った三通の手紙をベッドの中で読む。
一通目は、アラン様からのものだ。
俺の魂を精霊に託したかもしれないリューイという人物について書いてあった。
リューイという人は、元々エルンドール王国出身の平民だったそうだ。しかしある時ルーベンブルク王国に囚われてしまい、命からがらクロディア王国に逃げてきた所をアラン様に助けられたらしい。
リューイはルーベンブルク王国に囚われていた際に毒を盛られており、解毒薬を飲まなければ一ヶ月の命だったそうだ。
何とか解毒薬を開発し延命を試みたが、長年の無理が祟ったのか懸命な治療の甲斐もなく一年後に亡くなってしまったらしい。
その時リューイはアラン様の子供を妊娠していた。
リューイという人物に、しばし想いを馳せる。
とても苦労の多い人生を送った彼女は幸せだったのだろうか。
文字通り命懸けで俺の魂を育て、精霊に託してくれた女性。
俺のもう一人の母様。そう呼ぶことを許してもらえるだろうか。
胸がズキリと痛むのを感じながら、手紙の続きに目を走らせた。
それからというものアラン様はルーベンブルク王国を心の底から憎み、殺傷能力の高い換学兵器の開発に心血を注いだそうだ。
今回の三国共同の学園に年齢を偽って入学した元々の目的はその換学兵器を使って学舎であるビーネ宮を攻め落とし、ここを拠点にルーベンブルク王国に攻め入るためだったらしい。
しかし、自分の子供をそんな危険な事に巻き込むつもりはないので、とりあえずこの作戦は見送るとの事。
っっあっぶねぇ!! 一歩間違えば、戦争勃発の危機だったらしい。
『追伸、レオン様から熱烈なアプローチを受けているようだが、困っているのであれば助けに入るのでいつでも言ってくれ』
……必死に見ないふりを続けていたが、薄々気がついてはいたんだ。
レオン様が俺に向ける気持ちに、ひょっとしたら恋愛的な好意が含まれているのかもしれないという事に。
レオン様にはフローラ様という完璧な婚約者が居るわけだし、言葉で直接何かを言われたわけでもないので、俺が自意識過剰なだけだと思っていた。
困っているかって? そんなの勿論、困っている。
俺は、ジュリア王女が好きなのだ。
それなのに、最近頭の中を占めるのはレオン様のことばかり。
きっと身体が女になってしまった影響とこの呪いの首飾りのせいで調子が悪いから、こんな事になってしまっているのだ。
俺は、ただ真っ直ぐにジュリア王女に叶わぬ恋をしていたいのに、レオン様が邪魔をする。
やめてくれ、野郎の事なんか考えたくないのに、姿を見つけるとつい目で追ってしまうし、今日見たレオン様の悲痛な表情がいつまでも目に焼き付いて離れない。
俺の身体は元々女で今の容姿が本来の姿なのだとしたら、俺がレオン様に好意を寄せるのは許される感情なのだろうか――――
って、待て待て待て待て。
やばい、やばい。精神が汚染されて来ている。
俺が想いを寄せているのは、ジュリア王女。ジュリア王女。ジュリア王女。
非常に困ってはいるけれど、こんな事をアラン様に言えるはずもない。
はぁ――……。
深く息を吐いて、心を落ち着かせる。
とりあえず、次の手紙を読もう。
次の手紙はマルク様からの物で、とても短かった。
『明後日の休日は一日予定を空けておけ』
え? これだけ?
待ちあわせ時間や場所、当日何をするつもりなのかなど色々と必要な情報が抜け落ち過ぎなのですが。
とりあえず今度の休日には何の予定も入っていないので、ただ自分の部屋で待っていれば良いのだろうか。
……うん、次。
最後の手紙の宛名はレオン様だった。
ドキドキしながら手紙を開く。いや、ドキドキなどしていない、これはきっと呪いの首飾りの副作用だ。
レオン様の手紙も短いものだった。
『クリスティーナの出生についてお伺いしたいことがあります。明日の授業後、部屋に迎えに行きますので待っていてください』
読んだ瞬間、冷水を浴びせられたかのように一気に血の気が引いた。
出生についてということは、戸籍情報を調べられ俺が元々は男だという事が遂にバレたのであろう。
手紙をギュッと握りしめる。
問題を先送りにしてきたツケを払う時が遂に来てしまった。
せめてレオン様から糾弾される前に、男らしく自分から告白しよう。
そう心に決めたが、手紙を握りしめる拳の震えはなかなか止まってはくれなかった。
章の途中ではありますが、次回はレオン王子視点の話になります。




