3.拉致監禁
「……私が、アラン様の子供かどうかは分かりません。しかし、その可能性はゼロではないのかもしれません」
「どういう事だ?」
俺は父様からの手紙で教えてもらった、精霊がどこからか連れてきた魂を身体に宿して産まれた件をアラン様に話した。その流れで、実は女装して入学し、何やかんやあって女性の身体になってしまった事も芋づる式に聞き出されてしまった。
「なるほど……随分とややこしい事になっているな」
「えぇ、まぁ……」
否定はできない。
思わず視線を反らすと、頭の上に大きな手を乗せられた。
「安心しろ。お前のことは私が必ず守ってみせる」
アラン様は力加減が分からないのか、まるで壊れ物に触れる様にぎこちなく頭を撫でて来た。
「アラン様……」
アラン様の瞳は、まるで父様が俺を見る時の様に優しく細められていた。
その愛情に満ちた視線が、温かくもくすぐったく感じる。
……あれ、でもちょっと待てよ。
「アラン様が私の父親だというのであれば、貴方は本当は何歳なんですか?」
「三十歳だが。ん? いや、三十一か?」
「さんじゅ……!?」
サバを読むにしても大胆が過ぎる。
確か、この学園の入学資格は十三歳から十五歳だったはずだ。
何かクロディア王国での事情があるのかもしれないが、それにしてもこれはひどい。
「アラン様はとても三十を超えているようには見えないのですが、どうなっているんですか?」
「顔や手など露出している部分には特殊な塗料を塗ったり、換学の技術を用いて多少細工をしたりして年齢を誤魔化している」
換学の力が進歩し過ぎて、もはや魔法に引けを取らないのではなかろうか。
「なるほど……私に負けず劣らず、ややこしい事になっていますね」
「まぁ、否定は出来ぬな。だが……」
不意にアラン様の大きな手で両頬を包まれた。
「クリス。生きてお前に会える日が来るだなんて……この学園に参加して本当に良かった」
ドゴォッッッ!!
その時、物凄い轟音が天井から響くと同時に、レオン様が上から降ってきた。
ヘーゲル山の時といい、この人は唐突に上から降ってくるな。
アラン様は咄嗟に俺を背中側へと移動させ、庇う姿勢をとった。
「……アラン様。だいぶ部屋を改造された様ですね」
「私の好みに合せて多少リフォームさせてもらった。悪くない部屋であろう? それにしても、ドアや窓が破れないなら天井からとは……改善の余地ありだな」
「……エルンドール王国の、我が国のご令嬢を早急に解放してください」
「解放とは人聞きが悪い。まるで私がクリスティーナを拉致監禁したようではないか。私はクリスティーナに危害を加えるつもりは毛頭ないし、私の部屋に招いた事は同意の上だ。なぁ?」
いや、当の本人である俺も拉致監禁されたと思ったぐらいだし、同意を取られた記憶もない。
しかし、まだ実感は湧かないもののアラン様が本当に俺の父親なのだとしたら、レオン様に突き出すのもはばかられる。
「まぁ、確かに危害は加えられていません」
俺が無難な答えを絞り出すとアラン様は、ほら見ろと言わんばかりのドヤ顔である。
「なぜ貴方は突然クリスティーナを誘拐したのですか……まさか、六番目の「違う。個人的に確認したい事があっただけだ」
アラン様がレオン様の言葉を強い言葉で遮る。二人はそのまましばし無言のまま睨み合う。
「……とりあえず、クリスティーナから離れてください」
先に沈黙を破ったのはレオン様であった。
「断ると言ったら?」
レオン様は先程の魔法の授業で使ったのと同じ赤い鉱石を取り出した。
「アラン様は、これの正体をご存知の様ですね」
ギリッ
背中側に居る俺にまで聞こえる程に、アラン様が強く歯を食いしばった。
「私を脅そうとは良い度胸だ。クロディア王国の宝である『精霊の涙』を何故お前がその形で持っているかは一旦置いておくとしても、それを持ち出したからにはただで済むと思わない方が良い」
「精霊の涙?」
やべっ。小声で呟いたつもりだったのに思いの外、声が部屋に響いてしまった。
するとアラン様の手が俺の頭の上にポンと乗せられた。
「『精霊の涙』とは、精霊から授けられた英知が記された鉱石だ。砕けばクロディア王国民であっても魔法を使うことができるが、その鉱石に記された英知は永遠に失われてしまう。もしこの事が広く知られてしまうと、私利私欲のために貴重な宝を無闇矢鱈に使う輩が出てくるやもしれぬ。そのため、この秘密は代々クロディア王国の王位継承者にのみ伝えられているのだ」
えっ、待って待って、スラスラと解説して頂いているけれど、これ絶対に俺が聞いては駄目な国家の最大機密情報というやつではなかろうか?
「……よろしいのですか?」
ほらぁ! レオン様も同意見ですよ!
「クリスティーナは遅かれ早かれ知る事になるであろう情報だ。構わぬ」
いや、待て。俺は、構う。
「それは、一体どういう……?」
困惑するレオン様を置いてけぼりにして、アラン様は背中側に居た俺を前に引っ張り出した。
「クリスティーナ」
「はい」
レオン様の目の前でアラン様と向かい合う体勢になった。何だ、何が始まるのだ?
「世界で一番愛している」
「ぶふっ!!」
いや、目を見れば、それは親の愛情的な意味で恋愛的な意味ではないことは分かるのだが、突然何を言い出すんだこのオヤジ!
思わず吹き出してしまったじゃないか!
「お返事は?」
「……知り合ってからの時間があまりにも短すぎます。もう少し時間をください」
「だそうだ」
お断りのお返事をしたのに、なぜかアラン様は得意気にレオン様を見やった。
そして、なぜかレオン様は悲痛な面持ちで、こちらを見つめていた。
「やり方があくどいですね」
「全校生徒の前で『精霊の涙』を取り出したお前にだけは言われたく無いな」
その後、ようやく満足したらしいアラン様に俺は解放され、部屋の外へ無事に出ることが出来た。
しかし、部屋の扉を出た所にマルク様が待ち構えていて、更にもうひと悶着あったのは言わずもがなである。




