2.魔法の授業
結局、呪いの首飾りについては何の解決策もないまま月日は流れた。
慣れるしかないとレオン様が言っていた様に、月日の経過とともに慣れて症状は落ち着いて来ている。たまに不意打ちで食らう事もあるが、今ではレオン様が視界に入った程度では動悸息切れの症状は現れなくなってきた。
だが、相変わらず首飾りを外す事はできないままだ。
いつもは仕事が早いレオン様なのに、なぜかこの件はのらりくらりとかわされ続け、気がつけば学園生活も折り返しの半年が経っていた。
この半年の間、思い返せば色々あった。
ウェールズ伯爵領に隣接する領地のご令息に女装嫌疑を掛けられたり、エドガー君の恋の相談に乗ったり、フローラ様に沢山のドレスを貢がれたり、ローレン様と一緒にお菓子作りをしたり、ジュリア王女と一緒の布団で寝ることになり理性を試されたり……。レオン様やマルク様に、良い所を邪魔されたりもしたが、なかなか充実した学園生活を送って来た。
入学した時は秋口だったのに、世の中は冬を越えてすでに春である。
授業はこれまでの一般教養や行儀見習いの内容から一歩踏み込み、今日はいよいよ魔法の授業だ。
魔法については、内容が内容なだけに従者は完全に立ち入り禁止で、中立であるエルンドール王国のレオン様が直々に講師として説明を行う。
「今日は、ルーベンブルク王国とクロディア王国、両国の国民が混じり合って建国されたエルンドール王国でしか知り得ないであろう情報を皆さんと共有したいと思います」
会場がしばし、ざわめきで包まれた。会場が静まった頃合いで、レオン様は再び話をはじめる。
「昔々、まだ世界が一つだった頃。ローラ・ルーベンブルクという精霊に愛された女性がおりました。ある日、ローラはアーク・クロディアという一人の男性と出会い恋に落ちました。しかし、アークはとても嫉妬深く、誰をも魅了してしまうローラの美しい顔に傷を付け彼女を独り占めしようとします。アークの自分勝手な行動に怒った精霊は、クロディア一族郎党が二度と魔法を使えないように呪いをかけました。
その後アークは心を入れ替え、ローラの幸せのために彼女から離れる決断をします。精霊はアークの改心に免じて、この世の理に関する知識をクロディア一族に授けたと言われています。
こうして、魔法の国ルーベンブルク王国と換学の国クロディア王国が誕生しました」
レオン様が語りだしたのは、この世界に住む者であれば一度は聞いたことがあるであろう昔話の一部であった。
「この出来事から、クロディア一族の血を引く民は魔法を使う事が出来ないと古来より信じられて来ました。しかし、クロディア王国民でもある方法で魔法を使えるようになる事が分かりました」
まさか、魔法の授業初日にこんな重大な説明があるとは誰も思っておらず、皆固唾を呑んでレオン様の次の言葉を待った。
「一つ目の方法は、血を混ぜる事です。エルンドール王国内において、元クロディア王国民と元ルーベンブルク王国民が結婚し子供を授かった場合、子供は魔法を使うことができました。逆に、両親とも元クロディア王国民だった子供は、魔法を扱うことができませんでした。血が混じれば、魔法は使えるようになるようです」
即効性のある方法ではないが、クロディア一族にかけられた呪いを解く方法が見つかっただけでも世界平和に向けての大きな一歩になるだろう。
ついでに、この呪いの首飾りを外す方法も教えて欲しい。
「二つ目の方法は……実際にお見せした方が早いと思いますので……クロディア王国第一王子であるアラン様、お手伝いいただけますか」
アラン様が前に進み出ると、レオン様は一つの紅い宝石の様なものを取り出した。
その宝石が目に入った途端、アラン様は表情を険しく歪められた。それは一瞬のことですぐに表情を取り繕われたが、普段表情を崩さないアラン様があの様な表情をするだなんて珍しい。
「これは、とある場所で採掘された特殊な鉱石です。アラン様、この鉱石を握りしめたまま、精霊に何か簡単な願い事をしてみてください。普通に魔法を使うのと同じで、願いは心の中で思うだけで口に出す必要はありません」
アラン様がしばらく目を閉じていると……拳の中の鉱物がパキンと割れる音が響いた。拳の隙間から黒く変色した鉱物の欠片がパラパラと落ちたかと思うと、アラン様は目を見開き、一番後ろの席に座っていた俺を視線で真っ直ぐに射抜いた。
「へ……?」
気がつくと肩にガツンと衝撃が走る。前に居たはずのアラン様が驚くべき速さで移動し、俺の肩を鷲掴んで居た。鋭い眼差しで俺を見下したアラン様が、とても小さな声で呟いた。
「お前は、リューイの……」
“リューイ”、その名前は聞いたことがある。
だけど、いくら思い出そうとしても、なぜか顔が出てこない。
俺が女性の顔を忘れるだなんて……今までにない事態に混乱していると、俺は突然アラン様の肩に担ぎ上げられた。
「んなっ!?」
抵抗する間もなく、アラン様は俺を担いだまま恐ろしいスピードで駆け出した。
「アラン様!?」
「二人きりで話ができる場所に移動するだけだ。悪い様にはしないので安心しろ」
いやいやいや。授業の途中に突然掻っ攫われて安心などできるわけもない。
「「クリスティーナ!!」」
その時、後方の廊下からレオン様とマルク様が俺達の後を追いかけて来るのが視界に入った。
しかし二人が追いつく前に、アラン様は俺を抱えたまま、とある部屋に雪崩込んだ。
ドガッカッカッカッカッカッ!
ドアを締めた瞬間、アラン様は通常のドアより五ケ所も増設されている鍵を流れるように施錠していった。
どうやらここはアラン様が使っている部屋らしいのだが、そこは俺の知っている寮の部屋の景色ではなかった。
部屋のドアと窓は要塞と言われても不思議がない程に補強されている。そして、壁という壁は全て棚で埋め尽くされ、棚の中には見たことのない実験器具やら何やらで溢れていた。
やべぇ奴に、やべぇ所へ連れてこられた感が満載である。ここまで安心できる要素がないのもいっそ潔い。
ドゴォッッッ!!
その時、物凄い勢いでドアに衝撃が走った。しかしそれでも強固に補強されているドアが開くことはなかった。
「ふむ。あまり、時間の猶予はないかもしれぬな」
アラン様は、そう呟くと俺を床に下ろした。
「クリスティーナ。私は先程、精霊にリューイとその子供の魂は安らに逝けたのか尋ねたのだ。そうしたら精霊は、その答えはお前が持っていると答えた。お前はリューイの……私の子供なのか?」
第四章のプロローグ後半に出てきた男性は、クロディア王国のアラン様でした。




