1.呪いの首飾り
おかしい。絶対に何かがおかしい。
何がおかしいのかというと、原因不明の動悸息切れ、顔面紅潮の発作が突然起きるようになってしまったのである。
最初は、これだけの短期間で男になったり女になったりしていれば身体に変調が起こっても不思議はないと軽く考えていた。
だがどうにもおかしい。何故かレオン様が側に居る時のみ、この発作が起きる様なのである。しかも、どんどん症状が悪化している。
そこでこの現象が始まった時期を考えてみたところ……先日の仮面舞踏会でレオン様に首飾りを貰ってからだと思い至った。
この首飾り、ひょっとして呪われているのでは?
外そうと何度も試みたが、やはりどうしても外れない。
視界の端にレオン様が写り込んだだけで動悸息切れしていては溜まったもんじゃない。まるで変態の様ではないか。俺は、美しいご令嬢達にだけハァハァしていたい。
このままでは日常生活に支障が出そうな勢いなので、本日の授業後にレオン様に直談判するべく約束を取り付けてある。
◇◇◇
仮面舞踏会からというもの、秘めたる恋の花がそこかしこに咲いたようで、ギスギスした雰囲気は和らぎ、もはや若干浮ついた感じになってきた。
年頃の若い男女が浮世から隔絶した場所に集められればカップルが量産されるのも必然である。自然の摂理と言っても過言ではあるまい。
さらに、身分差だとか敵国だとかの障害があるとより恋は燃え上がるようだ。
最近では、あちらこちらで恋の話でもちきりである。
今日の授業の合間のおしゃべりも、もちろん恋愛の話題で溢れていた。
セシリア姉様と俺が初日に異性の魅力的な箇所を聞いた時には、あんなに白い目で見られたのは何だったのか。はじめましてのタイミングでする話ではなかったのか。まぁ、そんな気はしている。
皆が国の垣根を超えて交流を深めるのは喜ばしいことだが、俺は困った状況になっていた。
「クリスティーナは、マルク様とお付き合いされているのよね? 先日の仮面舞踏会でも、とても仲睦まじいご様子でしたものね」
「え! クリスティーナの想い人は、レオン様ではありませんの? だって、先日廊下ですれ違っただけで、お顔を真っ赤に染めていらしたのを私は見ましてよ」
「いえ、先日の授業の後、ローレン様とそれはそれは楽しそうにお話されていましたよね? 私、ローレン様があの様に微笑まれるのをはじめて見ましてよ」
「いえ、誰ともお付き合いなどしておりませんし、私の想い人はその中の誰でもございません」
そう。最近、周囲の御令嬢達は何故か俺と王子達の仲を疑ってくるのだ。
なぜだ。こんなにも露骨にジュリア王女をお慕いしているのに。王子達に行くのだ。
ローレン様が言っていたように、ジュリア王女とのダンスを全力で楽しんでも誰も俺が本当は男であるとは思い至らなかったようである。解せぬ。
メリー公爵令嬢からは相変わらず鬼の形相で睨まれるし、他の美しいご令嬢達からも冷たい目で見られる事が増えた気がする。
周りはキャッキャウフフと恋の花を散らしているというのに、なぜ俺だけこんな酷い仕打ちを受けねばならぬのだ。
◇◇◇
「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
「いえ……どうかしましたか? クリスティーナ」
授業の後、談話室の隣にある会議室でレオン様に話を聞いて貰うことになった。
こうして二人きりになると、さらに動悸が強くなる。まだこんなに若いのにまさかの更年期障害だろうか。
「あ、あの。私おかしいんです」
「おかしいとは?」
レオン様がじっとこちらを見ているのを感じる。が、なぜかひどく恥ずかしく感じてしまい、視線を合わせられない。俺の頬は既に真っ赤に染まっていることだろう。
首飾りまでもが、熱を持っている様だ。
「レオン様のお側に居ると、その、とてもドキドキしてしまい、呼吸も上手くできなくて……」
喋りながらも心臓がロックなビートを刻んでいて、耳がドッドッドッと煩い。
「それで?」
レオン王子が手を伸ばし、俺の顔に触れる。
触れた途端、まるで電気でも走ったかの様に、全身でビクッと反応してしまった。
その衝撃で思わずレオン様の顔を見てしまう。
そこには、初めて見る表情のレオン様がいた。
顔は薄っすらと高潮し、肉食動物が獲物を狙う様な眼光で俺を至近距離から凝視している。
俺よりヤベェ症状出てる人がここに居た。
そういえば、レオン様も同じ首飾りをつけていたんだった。
ガンギマリではないか。怖いッ! 近いッ!
少しでも距離を取りたくて、ジリジリとレオン様から逃げるが、逆に壁際へと追い詰められてしまった。
「クリスティーナ……」
や、やめろ! 悩ましげに俺の名前を呟くんじゃあない!
「こ、この首飾りを着けてから何だかおかしくなった気がするのです! これを一旦外す事はできませんか!?」
俺とレオン様の顔の間に、首飾りのペンダントトップを滑りこませ顔をめいっぱい反らす。
「…………ふーーーーっ」
一拍の後、長いため息が聞こえてきた。
「確かに、これは少々辛いものがありますね」
レオン様の声が、いつもの調子に戻った。
横目で様子を伺うと、レオン様が苦笑している。
「まさかここまで効き目があるとは、私も想定外でした」
「これは一体、何なのでしょう?」
「何なんでしょうね?」
質問に質問で返すな! お前は絶対に答えを知っているだろうが!
こんなにイライラしているのに、ドキドキも止まらない。自分の思考からかけ離れた身体の反応に戸惑いしかない。
「究極を言ってしまえば慣れるしかないと思うのですが……ちょっと対策を考えてみますね」
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
それはもう、切実に。
◇◇◇
「セシリア姉様」
「あら、クリス。今日は遅かったわね」
自室へと戻るとセシリア姉様がベットで寛いでいた。
背に腹は代えられない。俺はやむを得ず、最後の強硬手段に出ることにした。
「このレオン様から貰った首飾り、実はヨハンさんが見繕った物だったらしいんです」
「な、何ですって!?」
セシリア姉様が物凄い勢いで飛び起きた。
「でも、どうしても外れなくて……もし外せたらセシリア姉様にお譲りいたしますよ?」
「いょっしゃぁああ!! 任せとけ!! だぁらっしゃぁ"ぁ"あ"あ"!!」
……それでも、俺の首が締まるだけで呪いの首飾りは外れませんでしたとさ。
めでたし、めでた……めでたくないわ!!




