12.ドレスと女心※ローレン王子視点
私の父、クロディア王国の国王は大変な愛妻家であったそうだ。
王族の婚姻にしては珍しく、大恋愛の末に結婚したお二人。しかし、幸せな時は一瞬で過ぎ去ってしまう。
母上は私を出産した直後に体調を崩され、そのままお隠れになってしまわれたのだ。
父上は母上以外の妻を娶る気はなく、国王の実子は私ただ一人となってしまった。
クロディア王国の将来を案じた父上は私が女であるという事実を秘匿し、次期クロディア王国の後継者として育てられた。
産まれた時から男として育てられてきた私は、十歳の誕生日を迎えるまで自分が本当は女であるという事を知りもしなかった。
しかし、その事実を知った所で今更女として生きたいとは思わなかった。今まで感じていた小さな違和感の正体が分かってスッキリした、その程度の感想だったと思う。
母の命の上に産まれた私は、クロディア王国に全てを捧げる義務がある。女性として生きることは、クロディア王国の正統なる後継者であり続けることより価値があるとは思えなかった。
そんな私をよそに、三国間のバランスが不安定な今、クロディア王国の跡取りが一人しかいないという事を懸念する声が年々大きくなっていた。
そこで急遽、父上の従兄弟であるアラン公爵が私の義理の兄として迎えられることになった。
兄上はクロディア王国が誇る歴代随一の研究者でこれまで沢山の発明をし、我が王国の発展に大きく貢献している。
私の性別が本当は女だと気づかれないですんでいるのも、兄上が発明した換学の技術のお陰だ。
優秀な兄上が養子になることで後継者争いの問題が勃発するかに思われたが、兄上は養子に入る際『自分はあくまでも予備の人材であり、正統なる後継者はローレンである』と名言してくださったお陰で、大きな揉め事もなく無事に私達は義理の兄弟となった。
エルンドール王国から学園設立とジュリア様との婚約の話が舞い込んできたのは、そんな時であった。
◇◇◇
秘密の共有者へ――そう綴られた手紙をクリスティーナから受けとったのは、仮面舞踏会の会場準備の打ち合わせを二人でしている最中だった。
何事かと、部屋に戻るなり早急に確認したのだが……手紙を読んだ私は思わず頭を抱えた。
要約すると――久しぶりに男性の格好をしたくなったのだが、男性用の衣装を持って来ていないため困っている。折角なので、仮面舞踏会の前にお互いの衣装を交換してみませんか。ということだった。
一体どこがどうなって、折角なんだ。クリスティーナが男性の格好をしたいのであれば、こちらが衣装を貸すだけで十分ではないのか。
どこに私までドレスを着る必要があるというのだ。
彼の考える事は本当に読めない。
……しかし、気がついた時には了承の手紙を書いていた。
女になりたいなど、女として生きたいなど、そんな希望を持った事はなかった。なかったはずだ。ないと思い込んでいた。
しかし今はこんなにもはっきりと、女として生きる事への未練が私の中で燻っている。
ぐぬぬぅ。許されるのであれば、一生に一度ぐらいドレスを着てみたい。
こんな事を思った事は一度もなかったはずなのに。クリスティーナと秘密の共有をしてからというもの、私は何だかおかしいのだ。
◇◇◇
産まれて初めてドレスに腕を通した瞬間、今まで味わった事のない感情が自分の中に芽生えるのを感じた。
まるで魔法のようだ。
そこにクロディア王国第二王子の姿はなく、ドレスを身に纏った私はどこからどう見てもただの女性にしか見えなかった。
「音楽はありませんが、一曲だけお付き合いいただけませんか」
差し出された手を思わず見つめてしまった。女性として踊ったことなど一度もないので上手く踊れる自信がない。でも、きっとこの機会を逃してしまったら、もう一生女性として扱われることもないだろう。
「……一曲だけなら」
そう呟いて、クリスティーナの手に自分の手をそっと重ねる。
すると即座に手を引かれ、腰を抱えられた。クリスティーナの顔がグンッと近付く。身長がほぼ同じなので目がバッチリと合った。
彼を近くで見れば見るほど、やはりただの可愛らしい女の子にしか見えない。
見えないはずなのに……何だろうこの居心地の悪さは。いや、居心地が悪いとも違うかもしれない、心がふわふわと落ち着かない。
クリスティーナの力強くも優しさを感じるリードが、私の心を騒がせる。
ひょっとして母上が父上と出会った時もこんな気持ちになったのだろうか。
「私がこんな事を言うのはおかしいかもしれませんが……」
「何でしょう?」
「ジュリア王女をよろしくお願いします」
あぁ、そうか。その言葉で全てを察してしまった。
彼は、ジュリア様の事が好きなのだ。
「……はい。もちろん」
最悪な事に私はジュリア様の婚約者だ。
恋仇である私を憎く思う事こそあれ、好意を向けられる事なんてあるわけがない。
いや、何を落ち込んでいるのだ。私の願いはクロディア王国の発展、それだけのはずだ。
私とクリスティーナは仮面舞踏会に向けて衣装を取り替えるべく、またそれぞれ衝立の中に入っていった。
ふと、クリスティーナの言葉が脳裏に蘇る。
『ローレン様は、それで幸せなのですか?』
私の婚約者がジュリア様だと分かった時、彼は何よりも先に私の幸せを心配してくれた。想い人に婚約者が居る事を知り、大きなショックを受けたはずなのに。あの時は自分の事だけで一杯いっぱいで気が付けなかった。彼の優しさに胸が締め付けられる。
でも、やはり私にはどうしてもクロディア王国が大切なのだ。
女として生きる選択はできない。
私はクロディア王国の出身なので魔法は使えないはずだけれど、今日奇跡は確かに起きた。
魔法を使う場合、対価を支払わなければならないというれど、私は彼にどんな対価を支払えば良いのだろうか。
恋仇の私を思いやってくれた貴方のように、私も貴方の幸せをただ願いたい。
例えば……仮面舞踏会でジュリア様と一緒に踊ることができたら、クリスティーナは喜んでくれるだろうか。
私はクロディア王国の第二王子、ローレン・クロディア。
このドレスを脱いだら、貴方への恋心と一緒に女として生きる事への未練と決別する。
これにて第三章は終了です。
次回から最終章となる第四章がはじまりますので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです!
※追記(ローレンの子作り問題)※
換学の力では男に見せかけることしかできませんが、魔法の力を使えば正真正銘の男になれます。クロディア国王はローレンを最終的には魔法で男に換えるつもりで育成しています。(魔法は、嫁いでくる他国の魔法が使えるご令嬢にかけさせる算段)




