11.念願のダンス
ようやく温かいホールへと戻って来ると、何とジュリア王女が柱三本分ほどの距離にいらっしゃるのを見つけた。
レオン様に借りていたマントを押し付けるように返却すると、ギリギリ失礼にならない程度の最低限の別れを告げる。見失わない内にジュリア王女の元へと急がなければ。
しかし、あと柱一本分の距離という所で、突然手を掴まれた。
「クリスティーナ! 探したぞ!」
マルク様である。
思わず舌打ちをしかけたが、相手は他国の王子様である。ギリギリで思い留まった俺を誰か褒めてくれ。
「こんばんは、マルク様。何か御用でしょうか?」
「今日は舞踏会だぞ? ダンスの誘い以外に何があると言うんだ」
手をとられたまま舞踏エリアへと強引に連行される。あぁ、折角近づいたジュリア王女との距離がまた離れていく。
「ダンスはあまり得意ではないので、ご迷惑をお掛けしてしまうと思うのですが……」
「別に下手でも良い、とりあえずついて来い」
……始めてレオン様と踊った時といい、マルク様といい、王族は皆こんなんばっかだな!
◇◇◇
「確かに、上手いとは言い難いな」
踊り始めて間もなく、マルク様は真顔で言い放ちやがった。
だから、ちゃんと事前申告しただろうが。喧嘩売ってんのか、お"ぉ"ん?
「……それなら、ぜひ他の方と踊られたら良ろしいのではないでしょうか。見目麗しく、ダンスもお上手なご令嬢がそこかしこにいらっしゃいますよ」
「なんだ。拗ねているのか?」
「いいえ」
拗ねてなどいない。気分を害しただけだ。
「……ダンスの授業では不運だったな」
そういえばあの時、マルク様は真っ先に俺の擁護に来てくれたんだった。一応、礼は言っておくべきか。
「その節は仲裁に入っていただき、ありがとうございました」
「いや、むしろ私の方が……ありがとう。クリスティーナ」
「えっ……!? いや、その、どういたしまして?」
まさか、傲慢の塊のようなマルク様からお礼を言われるとは……。
しかし、何を隠そうフローラ様のことだけを思って取った行動だったので、お礼を言われると何だか後ろめたい気もする。
「授業での事だけではない。ヘーゲル山での事も……礼が遅くなってしまったが、ありがとう」
マルク様が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。その表情は出会った頃とは違い、とても柔らかく幸せそうな笑顔であった。
フローラ様は言っていた、大切な家族のマルク様には幸せになってもらいたいと。
これは、ひょっとしてフローラ様から褒めて貰える案件なのでは?
フローラ様ぁぁ! ご覧になられてますか! ほらっ今です! 貴女の弟君がとても幸せそうに笑っていますよ!
フローラ様の二の腕に顔を埋めながら、良い子いい子と頭を撫でてもらう幻想が瞬時に頭を駆け巡り、思わず笑みが溢れる。
「クリスティーナ……」
マルク様が俺の名前を呼ぶのと同時に、曲が終わった。
途端に現実に引き戻され、マルク様からパッと離れる。やべぇやべぇ、ちょっと妄想に浸りすぎていた。
「お相手いただき、ありがとうございました。それではまた、ご機嫌よう」
「待て、話したい事がある。この後っ「失礼、次は私のお相手をしていただけないでしょうか?」
マルク様を遮って声をかけてきたのは、ローレン様だった。
ローレン様に手を引かれ、そのまま次の曲がはじまる。
「先程とは逆ですね」
ローレン様が顔を近づけて、耳元で囁いて来た。
「そうですね、何だか不思議な感じがします」
ローレン様とは男女のポジションを替えて、本日二度目のダンスである。
「貴方の想い人は、ジュリア様なのですよね?」
「んぶっふ!?」
突然の核心をつく言葉に思わず吹き出してしまった。
「この後、ジュリア様をダンスに誘われてはいかがですか?」
「えぇ!? それは、踊れるものなら是非ともお相手願いたいですが……」
え、無礼講って、そこまでハメ外しちゃっても良いの?
でも婚約者が良いって言ってるしぃ?
え? 俺やっちゃうよぉ?
「大丈夫ですよ。貴方とジュリア様が一緒に踊った程度で、貴方が本当は男だと気がつく人は誰もいません。自信があります」
「それは褒めているのでしょうか」
「もちろんですよ」
◇◇◇
ローレン様とのダンスの後、ローレン様に付き添われながらジュリア王女にダンスを申し込みに行った。
ジュリア王女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑顔で俺の手を取ってくださった。
声を上げて笑うジュリア様と一緒に、くるくると踊る。
仮面舞踏会、最っ高だな! 毎日やろうぜ!!
次回はローレン視点の話になります。




