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2.ファーストインパクト

 父様が勢いよく屋敷に帰ってくると、本日ニ度目となる驚愕の叫び声を上げた。


「なんでクリスがドレスを着ているんだ!?」


 最もな疑問である。


「あら、あなたお帰りなさい。クリスに合うサイズの礼服がないので、仕方なくセシリアのドレスを合わせてみたのだけれど……サイズぴったりね! マリサ、クリスの着ているドレスを脱がせて荷造りしてちょうだい」

 

「承知いたしました、奥様。それにしても、クリス坊ちゃまはドレスが実に良くお似合ですね。ぱっと見ただけでは、深窓のご令嬢にしか見えませんわ」


 マリサは軽口をたたきながらも手早くドレスを脱がし、コルセットや装飾品と一緒にまとめてスーツケースに滑り込ませる。


「ノーラ、セシリアの分の荷造りは終わったかしら」

「セシリアお嬢様の荷造りは既に完了しております。クリス坊っちゃまは舞踏会が終わってからもずっとこのままの格好が良いのではないですか?」


 ノーラが大きなスーツケースを両脇に抱えながら笑えない冗談を言っている。

 母様とメイド達のやり取りを聞いていた父様は、注意を引くためコホンと一つ咳払いをした。


「どんなにドレスが似合おうとも、ウェールズ家の跡取り息子がドレス姿では格好がつかないだろ。今回の舞踏会の際に、周辺の領主に顔見せの挨拶をさせようと思っているのだが……何とか男性用の礼服は入らないのか?」

「それでは、あなたはその大事な跡取り息子にサイズの合わない礼服を無理やり着せて、国王陛下をはじめとする大勢の前で恥をかかせようと言うのですか? ウェールズ伯爵は、息子の礼服さえ仕立てられない程に落ちぶれていると後ろ指をさされる方が、格好がつかないのではないですか」

「新しいのが用意できないなら、私の若い頃の燕尾服があったのではなかったかな?」


 何とか男の格好で参加させてくれようとする父様。抵抗してもらえるのは嬉しいのだが、こうなった母様を説得することは誰にもできないことを残念ながら俺は知っている。

 母様はフンと鼻を鳴らすと、父様に捲し立てる。


「あなたの古い衣装は、とっくの昔に売り払い、最先端の農耕器具や魔法が練られた肥料とやらに代わっているじゃありませんか。そもそも、普段から伯爵として最低限の身支度を整えておかないから、今回のようなことになったのであって、私は常々……」


「わ、わかったよ。私が悪かった! 今は時間がないから、荷造りが終わったのなら早速出発しよう!」


 父様は、馬車に逃げ込むように走って行く。やはり今回も母様の完全勝利であった。


◇◇◇


 馬車の中では、母様が舞踏会に参加した事のない娘達に即席のマナーを叩き込んだ。

 ……とは言っても、姉様も俺も曲がりなりにも伯爵の子として基本のマナーは元から躾けられているし、ダンスもワルツなら何とか踊れる用に仕込まれている。

 そのため、母様の指導はもっぱら紳士のマナーは身につけていても、淑女のマナーを知らない俺に集中した。


 特に問題となったのがダンスだ。当然、俺が踊れるのは男性用のステップのみである。ただでさえ着たことのない動きづらいドレスを身に纏い、女性用のステップを踊るなんて絶望的である。

 練習しようにも狭い馬車の中ではまともにステップの練習なんてできやしない。できないものはしょうがないので、俺は舞踏会では目立たないように端の方におり、万が一ダンスの誘いを受けた場合には、足が痛い振りをして断る様に言い聞かせられた。


 そんなこんなで移動の三日間は、あっという間に過ぎてしまい、気がつけば舞踏会の開始時刻まで、あと三十分に迫っていた。


 初めて訪れるきらびやかな王都をゆっくり眺める暇もなく、何とか時間ギリギリに会場へ辿り着き、滑り込む様に受付に入る。

 父様は懐から招待状を取り出し、努めて冷静を装いながら受付の紳士に話しかける。


「今日の舞踏会に招待されている伯爵のウェールズだ。後ろに居るのは、妻と二人の娘だ。

 そうそう、招待状には"長男クリス"と記載があるが"次女クリスティーナ"の誤字だろう」

 

 誤字という言葉に受付の紳士が一瞬眉を潜めたが、俺の顔と格好を認めると、何も言わずに通してくれた。家族一同でこっそり胸を撫で下ろす。


 無事に受付を抜けてフロアに入ると、ようやく周りを眺める余裕が生まれた。


 舞踏会の会場となるホールは、この世のものとは思えないほど美しい空間であった。


 10mは優に超える高い天井には、抜けるような青空を舞う五人の精霊が優雅に描かれており、中心には太陽の如き巨大なシャンデリアが吊り下げられている。

 壁には大きなステンドグラスの窓がいくつも取り付けてあり、幻想的な空間を作り上げている。

 ホールの前方には、階段状の壇上があり国王陛下と王妃様が座られるであろう豪華な飾りのついた椅子が置かれている。


 視線をフロアに下ろすと、ホールにはすでに百名を越えるであろう貴族たちが集結していた。よく観察して見ると、人々は前方の壇上の麓に向かって列をなしているようであった。誘導に従って俺達家族も列に並ぶ。


 どうやら今日の主役であるレオン王子に挨拶するため、招待客が身分の高い順に並んでいるらしい。我らがウェールズ伯爵御一行は、堂々の最後尾である。


 ホールに入った直後は流石に緊張していた俺だが、これだけ長い列に並んでいると流石に暇を持て余すので周りの人々を観察してみる。


 流石に名だたる貴族が集められただけのことはあって、実に美しいご令嬢が沢山いらっしゃる。実に眼福な光景に思わず下衆な笑みが漏れてしまう。

 そんな俺の思考が笑みと一緒に漏れてしまったのか、先程から周りの人々がチラチラとこちらを伺っている気がする。


 やはり男のドレス姿は無理があったのかと、改めて今の自分の格好を見つめ直す。


 面倒で腰の辺りまで伸ばしっぱなしになっていた癖のある栗色の髪は、母様が編み込んでドレスと同じ青色の花の髪飾りで留めている。

 首元には小振りだがサファイアの埋め込まれたネックレスを掛け、胸には詰め物まで入れて、ドレープたっぷりの丸いシルエットの青いドレスを纏っている。


 正式な場で気合いの入った女装姿を晒しているという事を今更ながら自覚してしまい、非常に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。


 自意識過剰かもしれないが、老若男女から注がれる視線とひそひそ声に居たたまれない思いになっていると前方の様子が見えてきた。


 レオン王子は、自ら発光しているかのようなブロンドの髪に、煌めく緑の瞳を持った見事なイケメンだった。俺と違って身長も高く、黄金の肩賞がついた白い燕尾服を優雅に着こなしている。


 国中の貴族を集めるなんて、どんな俺様王子様かと思っていたが、あまりのロイヤルオーラに思わず圧倒されそうだ。

 自分と二歳しか変わらない青年が、これだけの人数に対して1人一人声を掛け、丁寧に対応している様子を見るに尊敬の念すら湧いてきた。


 そんな事を考えていたら、遂に順番が回ってきた。


「最後は、ウェールズ伯爵一家です。ウェールズ伯爵、レオン王子殿下の前に」


 従者が名前を読み上げたのを合図に、父様が前に歩を進める。


「遠いところ、よくおいで下さいました。ウェールズ伯爵」


 レオン王子の声がかかる。十五歳とは思えない、堂々とした自信の籠もった声である。


「レオン王子殿下、十五歳のお誕生日、誠におめでとうございます。我が家族を紹介いたします。まず、妻のエリーゼです」

「お招きいただき、誠にありがとうございます」

「長女のセシリアです」

「お会い出来て、光栄です」

「最後に……次女のクリスティーナでございます」


 父様に名前を呼ばれたタイミングで顔を上げ一歩前に出る。


 間近でレオン王子を見ると、あまりに整った笑顔がもはや作り物のようで現実味がない。男として嫉妬のあまり乾いた笑みが出てしまった。

 いや、でも王子だって俺と同じ未成年男子、まだまだ子供だよな。


 ドレスの裾を軽く持ち上げ膝を曲げる。


「よろしくお願いいたします。こんなに沢山の人々に一人ひとり対応されて、王子殿下は大変ですね」


 馬車の中で練習していた挨拶のセリフの後半に、親しみを込めてアドリブのフレーズを追加してみた。

 すると、王子の顔から作り物の様な笑顔が消えさり、驚きの表情が浮かび上がる。


 ザッ!!


 すかさず父様が自分の前に躍り出て、膝を折り頭を下げる。


「娘が大変失礼いたしました! この様な場に慣れておらず、緊張のあまり思ってもいないことを!」


 ……ひょっとして俺なんかまずいこと言っちゃった?

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