6.背中合わせの休息
会議を終えた後、部屋の中にはレオン王子と俺の二人だけが残された。
「申し出はありがたいのですが、昨日遭難騒動があったばかりですのでクリスティーナはゆっくり休んでください」
「それはレオン王子殿下におかれましても同じことが言えますよね? むしろ暗い山道を駆け上られたのですから、私よりも体力の消耗は著しいのではないでしょうか」
「体力的には何の問題もないのですが……それではお言葉に甘えて、こちらの資料の修正作業をお願いしてもよろしいでしょうか? 会議内で変更になった箇所を赤字で追記してあるので清書をお願いします」
「わかりました」
レオン王子の隣に並んで座って作業に入る。
だが、何やらおかしいぞ。ただ書き写していくだけの俺の作業よりも、レオン王子が新たな資料を一から書き上げていく方が早い。
何なのこの人、化け物なの?
初めて出会った時にも思ったが、たった二歳しか離れていないのにレオン王子は俺とはこんなにも違う。
これだけ資料作成の手際が良いのは、きっと日頃から従者任せではなく自分の頭と腕を動かして来たからであろう。
エルンドール王国の王子として、これまで彼は一体どれだけの努力をしてきたのだろうか。
第二王子という立場は、産まれるのが長男より遅かったというただそれだけの理由で次期国王になれる可能性は低くなる。
だが上手くやれば、国王という重責から逃れつつも王族という権力を振りかざし、どこまでも堕落できてしまう。そんな美味しい立場だと思っていた。レオン王子に会うまでは。
俺が男に対して何か力になりたいなどと思う日が来るとは、我ながら驚きである。
◇◇◇
「クリスティーナのお陰で予想よりも大分早く終わりそうです。もう夕食の時間が近づいて来ているので、この辺りまでで大丈夫です。丁寧でミスの無い仕事をありがとうございました」
結局、俺は最後まで資料の清書をしただけで何ら頭脳労働はしていない。
逆にトップスピードで資料を量産し続けたレオン王子の顔は、先程よりも疲労の色が濃くなっているように思える。
にも関わらず、レオン王子はまだ一人で仕事を続けるつもりらしい。
この人は、俺よりも自分の心配をした方が良いのではないだろうか?
俺はレオン王子が思っている程ヤワではないので、もっと頼ってくれても良いのだが。
しかし、もっと頼ってくださいと伝えた程度で言うことを聞く素直さがあったのなら、そもそも最初からここまで仕事を抱え込んではいないだろう。
おもむろに、部屋の隅に置いてあった背もたれのない丸椅子を一脚取ってきてレオン王子の前に置く。
口で言っても分からない輩には、身体で物理的に分からせるに限る。
「レオン王子殿下、ずっと机に向かっていたので少し休憩いたしましょう。こちらの丸椅子に腰掛けていただけますか?」
「こうですか?」
何を始めるのかと不審がりながらも、レオン王子は俺が勧めた丸椅子に腰掛けてくれる。
レオン王子の背中側にもう一脚丸椅子を持ってきて、背中合わせに俺も座る。
「準備できました。さあ、私の背中に寄りかかってください」
「体格が違うので、私が寄りかかったらクリスティーナが潰れてしまいますよ」
「何事も試しもせずに出来ないと決めつけるのは良くないですよ。こう見えて私とても丈夫なのです。レオン王子殿下の一人や二人いくらでも寄りかかっても大丈夫です」
不敬極まりないが、俺の方から少し寄りかかってみる。
すると申し訳程度にレオン王子からも少しだけ力が加わってきた。しかし、この程度の力加減では逆に疲れるだけだろう。
まぁ、話している間に徐々に力を抜いてもらえれば良いか。
さて、何を話したものか。とりあえず、異性のどこに魅力を感じるかの話題がNGであることだけは確かだ。俺は学習したのだ、失敗は繰り返さない。
……あれ、そうしたら何を話せば良いんだ? 自分の話題の引き出しの少なさに、びっくりだわ。
「クリスティーナは……」
「はい、何でしょう」
ありがたいことに、レオン王子が話題を振ってくださるらしい。ここは全力で乗っておこう。
「マルク様の事は敬称を付けずに呼ぶのに、私にはいつまでも敬称を付けていますよね」
「あぁ、そうですね。レオン殿下は我らが国の王子様ですし」
「この学園では国も身分も関係ありません。私を呼ぶ際にも敬称は不要ですよ」
「う〜〜ん? それでは恐れながらもレオン様とお呼びしますね」
「はい、ぜひお願いします」
レオン様が少しだけ、こちらに体重を預けて来た。接する背中の面積が増え、背中がほんわり温かい。
「それにしてもレオン様は、少々オーバーワークなのではありませんか? 大事なお身体なのですから、もっと周りを頼ってください」
「ご心配ありがとうございます。エルンドール王国はルーベンブルク王国やクロディア王国と違い、まだまだ歴史の浅い国です。そのエルンドール王国が他の二国を差し置いて学園を取り仕切るには、それなりの実績が必要なのです」
「国や身分は関係ないと言いながら実際はこれですからね。……大変ですね」
「フフフ。初めて出会った時もそうやって労ってくれましたね。そうなんです、意外と大変なんですよ」
「私にはレオン様の重責を替わりに背負うことはできませんが、レオン様の背中をこうしてちょっと支えるぐらいなら出来ますよ。微力ではありますが、どうぞ使ってやってください」
ズシリと背中が重くなった。
「……やはり貴女を生徒会に引き入れたのは間違いではありませんでした」
少しぐらいは寄りかかっても大丈夫な存在だと認めてもらえたのだろうか。背中の心地良い重みと暖かさに思わず頬が緩んだ。




